オジュウチョウサン物語 第5章3「完全制覇」

 

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 この年の中山大障害は春の覇者オジュウチョウサンに加え、前年のJGI春秋連覇馬にして最優秀障害馬アップトゥデイト。いまだ中山大障害コース以外では無敗、春のリベンジに燃える天才サナシオン。障害転向後8戦6勝全連対、今年の初戦で唯一オジュウチョウサンに土をつけているニホンピロバロン
 これら4頭を筆頭に錚々たるメンツがぶつかり合うと予想され、障害ファンの間では大いに盛り上がった。
 のだが、本番を前にしてサナシオンニホンピロバロンが揃って屈腱炎を発症。サナシオンはこのまま引退、ニホンピロバロンは長期戦線離脱により、最終的にはオジュウチョウサンアップトゥデイトの新旧王者一騎打ちという構図に収まった。
 膨らむだけ膨らんだ夢の出走馬表が少しずつ萎んで現実的な所に収まるのもまた競馬の一興か*1
 
 しかしオジュウチョウサン陣営にとっては、最も重要な相手が残った形になる。
 
 何度も繰り返すが、オジュウチョウサンが勝ったこの年の中山グランドジャンプは有力馬のほとんどが直前で出走を取りやめており、出走馬の層の薄さは99年の創設以来でも1、2を争うほどだった。
 その出走回避馬の中でも、本来最大本命と目されていたのが前年王者のアップトゥデイトだった。中山グランドジャンプ直後の時点では「秋にアップが戻ってくれば勝つのはこっちだ」と予想する者も多く、石神自身も勝利騎手インタビューにて中山大障害に向けての意気込みを尋ねられた際は、
 
「次は去年の最優秀障害馬が帰ってくると思うんで、また挑戦者の気持ちで頑張りたいと思います」
 
と答えている。
 
 この年のアップトゥデイトの成績は、復帰初戦の新潟ジャンプステークス(JGIII)で8着に敗れ、2戦目の阪神ジャンプステークス(JGIII)でも2着と惜敗。
 前年に比べると精彩を欠く面もあり、臨戦過程の差で3連勝中のオジュウチョウサンに1番人気*2は譲ったが、それでも単勝3.2倍の2番人気。続く3番人気のルペールノエルが11.1倍なのだ。まぎれもなく本命馬候補である。
 奴を倒さない限り、真の王者の称号は手に入らない。
 オジュウチョウサンにとって最も重要な「倒すべき相手」がアップトゥデイトであり、この中山大障害こそが、そのアップトゥデイトと正真正銘の現役最強を賭けた決戦であるのだ。
 
 そしてレースが始まる。
 隊列はスタート直後の段階で早々に固まる。アップトゥデイトは先頭ドリームセーリングのすぐ後ろの2番手につけ、オジュウチョウサンはそこから少し離れた3番手の位置につける。春に「挑戦者の気持ち」と述べた通り、アップトゥデイトをマークする形で石神とオジュウはレースを進める。
 道中波乱無くレースが進むが、先に勝負を仕掛けたのはアップトゥデイトの方だった。9つ目の障害を越えた辺りからジリジリとペースを押し上げて、ドリームセーリングの真横に馬体を合わせる。オジュウチョウサンもそれを見て前を行く2頭と距離をつめる。
 
 そして3コーナーのバンケットの手前、ここで2頭が揃ってスパートをかける。ここまでレースを引っ張ってきたドリームセーリングをあっという間に置き去りにすると、最終障害を越えた所で2頭は完全に横並び。11頭立てのレースは最終局面にして新旧王者2頭のマッチレースへと姿を変える。スタンドから歓声が上がる。
 
 しかしそれも長くは続かなかった。場内の興奮とは裏腹に、オジュウチョウサンの背に乗る石神は、この時点でほぼ勝利を確信していた。余力は充分。オジュウの反応も良し。平地の脚には自信がある。末脚勝負なら負けるはずがない。
 最終直線に入ってからは石神の予想通り、オジュウチョウサンが世代交代を告げるかのような脚色の違いを見せた。
 残り1ハロンアップトゥデイトを突き放すとそこからはもはや一人舞台。先頭でゴール板を駆け抜けた時には2頭の差は9馬身にまで広がっていた。文句の付けようのない完勝だった。

 

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*こぼれ話*
 「オジュウの背に乗る石神はこの時点でほぼ勝利を確信していた」の下りは筆者の想像による脚色。ただ石神さんもこのレース後のインタビューで「自分はつかまってただけ」とか「安心して乗れた」とか発言してるし、実際レース映像見ても3コーナー時点で手応え抜群なので、そう間違った内容でも無いはず。この回に限らず、レース描写は臨場感優先でかなり脚色入れてる。

*1:この年はさらに前日オッズで3番人気の上に逃げ馬として展開の鍵を握ると目されていたマキオボーラーまでが、当日の朝に歩様に問題が出て出走取消となった。個人的な話だが、この時の経験が筆者の「超豪華メンバー」に対する警戒心を完成させた感がある。

*2:オジュウのこの日の単勝オッズは1.4倍。