2016年、飛躍的な成長を見せたのは実はオジュウチョウサンだけでは無い。鞍上の石神深一もまた、前年までからは考えられないほどの成績を叩き出していたのだ。
前年の2015までの石神の障害成績を以下に示す。
07年 0勝
08年 1勝
09年 3勝
10年 3勝
11年 0勝
12年 4勝
13年 4勝
14年 4勝
15年 3勝
最高でも年4勝。レースの絶対数が少ない障害騎手の場合、4勝なら中堅どころとも言えるが*1、逆に言うとお世辞にも一流騎手とは言えない。
それに対し、この年の成績はオジュウチョウサン騎乗の重賞3勝分を抜いても、重賞1勝を含む11勝である。暮れの中山大障害を前にして、既にこの年の最多勝利障害騎手が確定しているのだ。障害重賞は年間トータルでも10レースしか存在しない。中山大障害を勝てばその内の半数を石神1人で独占することにまでなるのだ。
ただ、この年の石神の大躍進に関しては、直接関係者らにとってはそこまで驚くようなことでは無かったという。石神の2年先輩で2013年には最多勝利障害騎手にもなった高田潤は、この年の石神の成績について翌年のネット記事上*2でこう述べている。
「あいつはもともと障害レースも馬乗りも上手かったし、なにより研究熱心。だから、去年の成績は当然の結果だと思うし、その前から『あ、こいつは(上に)来るな』っていう感覚はあった」
負け続けてはいても、きっかけさえあれば勝てるだけの能力があったのは、オジュウチョウサンだけでなく相棒の石神も同じだったのだ。
この躍進について石神本人は「前までと比べて特別なことをしているつもりはない」としながら、敢えて理由を探すなら精神状態の良さがあったと語っている。
時速60kmのスピードで高さ1.4m前後のハードルを飛び超える障害競走は常に恐怖心との戦いだが、逆に恐怖心が無さすぎても飛越が雑になる。「恐怖心と自信が3:7くらい」の適度なメンタルが理想的で、この年はその状態が常に維持できていたという。
そうした精神面での充実は、自身そのものではなく馬の側に理由があったと石神は語る。
馬自身が障害を怖がらずに飛越するようになれば、鞍上の自分も落ち着いた騎乗が可能になる。そのために馬1頭1頭に合わせた調教方法を考え、レースを見据えて工夫しながらの調教を心がけたという。そうした馬と人とのサイクルが上手くハマったことで安定して勝てるようになったという訳だ。
調教で馬を飛ぶ気にさせれば自然と自分も勝てる。まさしくオジュウチョウサンがそれだった。オジュウの成長は騎手、石神深一の成長でもあったのだ。
調教師の和田や厩務員の長沼ら、厩舎関係者は口を揃えて言う。
「深一がいなければ、オジュウチョウサンの大成もあり得なかった」
この年、石神深一とオジュウチョウサンの1人と1頭は、まさに人馬一体で障害界の頂点へと駆け上がってゆく。
残るは暮れの大一番、中山大障害だけだった。
*こぼれ話*
石神さん自身が語る「躍進の理由」に関してはラジオ番組「鈴木淑子の地球は競馬でまわってる」の石神騎手ゲスト回を参考に書いたが、あんまりバシッと「こういう理由です」って感じで答えてないので結構文章としてまとめるのに苦労した。まあ人間「好調の理由」なんて自分でもそんな正確には分からんよなあ。
*1:年間最多勝騎手が例年13〜15勝程度。4勝なら障害騎手リーディングで大体ちょうど真ん中くらいの順位になる。
*2:netkeibaの藤岡佑介騎手の対談コラム。下記URL参照
https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=38391