オジュウチョウサン物語 第7章9「決着」

 

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 序盤から2頭のマッチレースが形成された前走とは異なり激しい攻防にさらされながらも、林と石神は決してペースを落とそうとはしなかった。
 マイネルクロップに何度も競りかけられながら、その度に先頭の位置を意地でも死守するアップトゥデイト。自身もクランモンタナに終始マークされながら、前を行くアップトゥデイトにプレッシャーをかけ続けるオジュウチョウサン
 隊列が何度と無く入れ替わる激流の中で、4頭は体力を削りながら1ハロン13秒台前半という破滅ラップを刻み続ける。
 
 最初に限界を迎えたのはアップトゥデイトに競りかけ続けたマイネルクロップだった。最終周の向正面、外回り芝コースに入る辺りで、押し上げてきたニホンピロバロンに交わされると、そのままペースに付いてゆけなくなりズルズル後方へと沈んでゆく。その直後に次いでクランモンタナも失速し始め、前3頭から一気に離されてゆく。
 この時、オジュウチョウサンアップトゥデイトの後ろ3番手で追走するニホンピロバロンの鞍上白浜は、内心で
 
(勝てる……!)
 
と勢い高揚したという。前の2頭は既に射程圏内。後ろの馬もペースアップに対応し切れていない。これならばと期待するのも当然だった。
 しかし、厳しい展開を強いられて消耗しているはずのアップトゥデイトオジュウチョウサンが、いつまで経っても下がって来ない。詰まることの無い前2頭との差に白浜は愕然とする。もはや2頭の走りは常識を超えていた。
 
 レースは最終局面に突入する。最強の2頭の最後の雌雄が、遂に決しようとしていた。
 
 最後から2番目の第11障害を飛越したところで、林は相棒のアップの体力が限界に近づいていることに気付いていた。必死に手綱を押すもののアップからの反応は薄い。手応えはほとんど無い。後は気力だけだ。
 一方で、石神はオジュウから全く逆の反応を受けていた。
 石神自身は「最後の仕掛けは直線まで待ってから」と考えていたが、手綱を抑える石神に反抗するように、オジュウの方は前へ前へと頭を伸ばす。
 
 ガキン!
 
 オジュウチョウサンの歯が強くハミを噛む。
 
「行かせろ」
 
 オジュウから石神へのメッセージだった。抑えきれないと悟った石神は手綱を緩め、オジュウに対しゴーサインを出す。
 
 2頭の反応の差が、そのまま余力の差を表していた。
 4コーナー手前でオジュウチョウサンアップトゥデイトを楽に交わして先頭に立つと、そのままリードを広げてゆく。直線の最終障害を飛越し石神が本格的に追い始めると、オジュウチョウサンは異次元の加速でアップトゥデイトを一気に突き放す。何もかもを置き去りにするかのような、完全なる独走だった。
 ゴール板を通過した時には、アップトゥデイトとの差は14、5馬身という大差となっていた。走破タイムは4分43秒0。3年前にアップトゥデイトが記録したレコードタイムを3秒6をも縮める、大レコードだった。
 
 この瞬間、オジュウチョウサンが達成した記録をおおよそ列記する。
 
 中山大障害コース最多連勝記録(5連勝)
 中山大障害コース最多勝記録(5勝。最多タイ*1
 JRA障害重賞最多勝記録(9勝)
 JRA障害競走獲得賞金最高額記録(5億3307万3000円)
 中山大障害レースレコード(4分36秒1)
 中山グランドジャンプレースレコード(4分43秒0)
 JRA重賞最多連勝記録(9連勝)
 
 今と昔とではレース体系も制度も大きく異なる。かつての中山大障害は勝つたびに斤量が増えるルールであったし、襷コースの大竹柵も竹柵の締まりが緩くなり掻き分けやすく変わったと言う*2
 故に、単純なレース実績だけでもって時代の異なる馬同士の優劣を軽率に比べるべきではない。それを承知の上で、敢えてこの場ではこう表現したい。
 
 日本競馬史上最強障害馬、誕生の瞬間だった。

 

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*こぼれ話*
 前回に引き続き、想像で埋めてる所が複数箇所。「詰まることの無い前2頭との差に白浜は愕然とする」の一文はかなり盛った自覚あり。本人のインタビューは「もしかしたら勝てるかもと思ったけどダメでした」くらいのニュアンス。あと石神騎手のゴーサインの下りは、確かレース後に「もう少し待ちたかったけどオジュウがハミをガツンと噛んだので行かせた」とコメントしてた記事があったはずで、それを参考に書いたのだけど後で調べても該当する記事が見当たらなくて困った。なのでこの下りは記憶違いによる完全な想像の可能性がある。

*1:前述の通り、バローネターフが同じく5勝している。

*2:かつては搔き分けて通るのが困難だったためしっかりと飛び越えなくてはならない仕様だった。大障害コースの中で最も落馬率の多い最大難易度の障害だったが、2000年頃に締まりを緩く変更して以降は落馬率が激減している。