最後の戦いへの覚悟を決めた林の騎乗には鬼気迫るものがあった。
中山グランドジャンプを目前に控えた1週間前の時点で、この年の林は騎乗回数12回中5勝を上げている。
障害騎手の場合、年間最多勝ジョッキーでも勝率はせいぜい1割台後半程度。年間10数勝ペースで勝てば最多勝争いに加われるのが障害騎手界である*1。
わずか3ヶ月の内に5勝を上げ、勝率4割を超える林の成績は引退間近の騎手のそれだとは信じられない内容であった。
その5勝の中には、アップトゥデイトの阪神スプリングジャンプ(JGII)も含まれていた。中山グランドジャンプのちょうど1ヶ月前に行われるこの前哨戦レースで、アップトゥデイトは戦線に復帰する。
このレース、アップトゥデイトはスタート直後から先頭に立ち、昨年の中山大障害の時ほどではないものの、終始2番手に10馬身以上の差をつける大逃げで道中を進める。最終コーナーで後続に4、5馬身差まで詰め寄られるものの、最後の置き障害を飛越してムチを一発叩けば、後続を悠々と突き放し、最後は流す余裕を見せながらの8馬身差圧勝。
寒気すらする強さだった。
中山グランドジャンプでの王座奪還に向けて人馬ともに視界良好。レース後のインタビューでは
「オジュウのためにもここで負けるわけにはいかない」
と林が語れば、調教師の佐々木がそこに
「石神君、待っててね」
とさらに重ねる。記者らの前で堂々とオジュウチョウサンへの挑戦状を叩きつけた。
一方のオジュウチョウサン陣営はと言えば、こちらは逆に人馬ともに順調さを欠いていた。
当初はオジュウチョウサンもアップトゥデイトと同様、阪神スプリングジャンプを本番のステップに使うものと思われていたが、1月末に行われたJRA賞の授与式にてオーナーの長山から中山グランドジャンプへの直行が発表された。中山大障害のレースの反動が大きすぎたか、疲労が回復しきらず体調を崩しているとのことだった。
厩舎内でもちょっとでも油断すれば、立ち上がる、暴れる、蹴ろうとするのが常のオジュウが、レースからしばらくは厩舎スタッフが心配になるほどに大人しかったという。
鞍上の石神もまたあの中山大障害以来、不思議と調子を崩していた。
昨年は2016年に続き2年連続で最多勝障害騎手の座に輝いた石神だったが、この年はここまで22戦しながら勝ち鞍がゼロ。騎乗回数の少ない障害騎手の場合、本人の実力に関わらずとも流れが向かなければ2、3ヶ月程度勝てない時期が続いてもそこまで不思議なことではない。しかしそうは言っても、既に5勝を上げている林とのコントラストは鮮明だった。ましてや勝負事である。わずかな運気の流れの差が勝敗を分けることは往々にして存在する。
臨戦過程の差は明白だった。
こうして2頭の陣営の明暗が分かれたまま、時は遂に2018年4月14日、中山グランドジャンプ当日を迎える。
*こぼれ話*
単なる思い出語りだが、この期間の高揚感は思い出すに1ファンとしても凄まじかった。特に騎手と調教師がレース後のインタビューで1頭の陣営に名指しで挑戦状突きつける展開は、まるで本の中だけで知る昭和の競馬を見ているようで、歴史の立会人感たるや筆舌尽くしがたいものがあった。