オジュウチョウサン物語 第4章4「運命の出会いというものがあるなら」

 

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 石神がオジュウチョウサンに初めて騎乗したのは2015年の東京ジャンプステークス(JGIII)だった。
 前述の通り、元々オジュウチョウサンの主戦騎手を務めていたのは、石神騎手に障害騎乗を決意させた山本康志だった。山本が同レースに出走するコスモソユーズの騎乗が決まっていたため、空いたオジュウチョウサンの鞍上が石神に転がりこんできたのだ。
 
 以前よりオジュウチョウサンの障害練習姿をそばで見ながら、「良さそうな馬だな」と思ってはいたという。
 実際にレースでまたがってみると、予想は確信に変わった。レースの結果こそ4着の敗戦だったが、石神はこの騎乗でオジュウチョウサンに惚れ込むと和田に直談判。「大きなタイトルを獲れる馬です」と熱弁する石神騎手の熱意に押された和田は、これを機に主戦を石神騎手に託すと、毎日の調教騎乗も全て任せるようになる。 
 運命の出会いというものがこの世にあるのなら、この時の石神深一オジュウチョウサンの出会いこそがまさに、そう表現するにふさわしいものだった。後の最強コンビの誕生である。
 
 しかしそんな石神だが、後のインタビューなどでオジュウチョウサン初騎乗時の印象を聞かれた際には、一貫してこう答えている。
 
「第一印象はムチャクチャ悪かったですね」
 
 これはどういうことか? 初コンビのレースを終えて検量室前へ戻る際、石神はオジュウチョウサンがほとんど息を切らしていないことに気付く。そこで石神は確信する。
 
「こいつ、ちっとも本気で走ってないぞ」
 

 唐突だが、ここでオジュウチョウサンの父ステイゴールドの現役時代について再度少し触れておく。
 稀代のシルバーコレクターとして人気を集めたステイゴールドだったが、その人気は「頑張っても頑張っても報われないかわいそうな奴」というイメージがファンの間で共有されていた所に理由がある。
 しかし、そのイメージは直接関係者の証言するステイゴールドの実態とは大きくかけ離れていた。言うなれば誤解、または大衆の願望でもあった。
 
 ではステイゴールドの実態がどのようなものだったかと言えば、「能力はあるのに気まぐれでワガママ。人間を舐めており、ちっとも本気で走らない困った奴」というのが概ね関係者らの一致した意見である。
 ステイゴールドはとにかく気性が荒く、気に入らないことがあれば無視する暴れる噛み付くなどは日常茶飯事だった。当時調教助手だった池江泰寿(現調教師)曰く、その傍若無人っぷりに「肉をやったら食うんじゃないか?」とまで思ったという。
 相手関係にかかわらず勝ちきれなかったのも、途中で勝手に走るのをやめてしまうのが大きな理由の1つだった。
 
 現在ではステイゴールドに対する現役時代のような誤解はほとんど一掃されている。と言うのも、その気性の悪さが子供達にも遺憾無く遺伝したからである。
 調教中に立ち上がる。馬房の壁を駆け上がる。放牧中に他馬を追いかけ回す。ウイニングランで騎手を振り落とす。コーナーで曲がらずにコース外に吹っ飛ぶ。ゲート入りを断固拒否する。ゲート内で立ち上がって出遅れる。
 競馬場の内外でステイゴールド産駒の奇行については枚挙にいとまがない。現在では気性難はステイゴールド産駒の代名詞とまでなっている。子供達の活躍(?)が良くも悪くも、逆説的にステイゴールド自身の正体を競馬ファンに知らしめることになった訳だ。
 
 ステイゴールド産駒の御多分にもれず、オジュウチョウサンにもその気性の悪さはしっかりと引き継がれていた。
 スタミナもあり体幹も抜群、スピード能力も申し分無いはずのオジュウチョウサンが今ひとつ勝てない理由はそこにあった。石神もそのこと自体はよく分かっており、身体的なポテンシャルにこそ惚れ込んだものの、一方でレースに全く意欲を見せないオジュウチョウサンに呆れ返ってもいたと言う。
 
 障害戦は短いレースでも3分以上かかる上に、中山大障害コースともなれば5分近くの長丁場である。馬の気性の悪さは成績にダイレクトに響く。レースに集中できない馬が勝てるほど障害レースは甘いものではないのだ。
 石神が「走るのも嫌、飛ぶのも嫌、競馬でも出来れば走りたくない、全てが嫌々」「30%くらいの力でしか走ってない」と語るほどのオジュウチョウサンは、自身の潜在能力を完全に持て余している状態だった。
「どうやってレースに勝つか」どころでは無い。そもそも言うことを聞かないのだ。「どうやって走るようにさせるか」から始める必要がある。ここから石神の、長きに渡るオジュウチョウサンとの戦いが始まる。

 

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*こぼれ話*
 石神騎手とオジュウの出会いについては、山本騎手が主戦だった頃にも何度か調教の手伝いで乗ったこともあったそうなので、さもレースで初めて乗ったかのような本文中の書き方は多分に不正確な記述だったりする。
 あと東京JS後の石神さんのオジュウに対する印象に関しても、メディアによって「本気で走れば大障害でも勝てる」くらいの勢いの時もあれば「GII、GIIIくらいなら勝てるかも」程度の期待だったと語っていたりもする。さらに言えば「30%くらいの力でしか走ってない」発言も場によって「半分くらい」「60%くらい」とかなりの変動がある。文中ではインパクト重視で最低値を採用。 とにもかくにも、人間の思い出語りの(以下略)