オジュウチョウサン物語 第7章7「再現か、逆転か」

 

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 少し時間を巻き戻す。中山競馬場へと向かう電車の中で、私は障害競走に一家言持つK氏に、どちらが勝つと思うかを尋ねてみた。返ってきたのは意外な言葉だった。
 
「正直言わしてもらうと、私にも分かりませんのや」
 
 普段私がレースの予想の話を振ると、喜んで捲し立てるK氏が、この日はどうにも歯切れが悪い。
 
「おおよそレースの大枠は去年の大障害とさほど変わらんとは思います。アップの大逃げは変わりません。現状であの馬にそれ以外の戦法はありませんから。ですから、考えるんは大障害の再現か、逆転か。そういう話になります」
 
 それは戦前からアップトゥデイトの林自身も記者の前で話していたことだった。ハイペースで先行し、ギリギリ限界のスタミナ勝負に持ち込む以外、スピード能力で劣るアップトゥデイトオジュウチョウサン相手に勝つ手段はない。
 
「オジュウの方も去年ほどの大逃げは流石に許さんとは思いますが、2番手か3番手なのは変わらんでしょうな。できれば良い具合の位置でアップを追いかけてくれる馬が他におれば、その後ろにつけて追走したい所でしょうが、その辺はどないなるかは分かりません。去年と違って大逃げが奇襲にならん所がオジュウにとってはアドバンテージではあるとは思います」
「すると、やはりオジュウチョウサンに分が?」
 
 私の問いかけに、K氏は眉間のシワを深くさせながら答える。
 
「せやから、分からん言うとりますでしょうが。去年のあの消耗戦のあとで、オジュウが体調を崩した反面、アップはすぐに立て直してきとります。そこ考えますと、トータルのスタミナ能力はアップの方に軍配が上がるんやないかという気はしとります」
 
 K氏はさらに重ねて言う。
 
「分からんのは、コースの違いがどう出るかです。これが昨夜から、何度考えても答えが見つかりません」
 
 同じ中山大障害コースと言っても、大障害とグランドジャンプではコースが微妙に異なる。
 最終直線でのみ通常芝コースに出る中山大障害と異なり、中山グランドジャンプの場合は向こう正面入り口の時点で外回り芝コースに飛び出す。その分、総距離が中山大障害が4100mなのに対し、中山グランドジャンプは150m長い4250mとなる。そして最大の違いは最終直線の真ん中に置かれた置き障害の存在だ。これにより中山グランドジャンプのコースは大障害のそれと比べて1つ多い12の障害で行われる。
 
「距離の150m延長分はアップのスタミナ自慢にプラスに働くようにも思えますが、3、4角が外回りになっとりますんで、追い込みのオジュウからしたらスピートが付けやすくなったとも考えられる訳です。最後の置き障害にしても、差し馬のオジュウに不利に働くとも考えられますし、飛びの大きいアップの方が障害飛越での減速は大きい訳ですから、アップに不利とも考えられます」
 
 最後にK氏はこう付け加える。
 
「まあ何事も、走ってみんことには分からんっちゅうことですわな」
 
 走ってみないことには分からない。これはK氏に限らず、この日の競馬ファンの総意だった。
 当日の単勝人気は、それぞれオジュウチョウサンが1.5倍にアップトゥデイトが2.3倍。この2頭に次ぐ3番人気ニホンピロバロンが14.1倍である。前年の中山大障害の2頭のオッズが1.1倍と6.8倍だったのを思い出せば、アップトゥデイトの近2走がどれだけ競馬ファンからの評価を覆したのかが分かるというものだった。
 そしてもう1点注目すべきは、2頭の馬連馬券である。オッズは1.3倍。両馬の単勝オッズを下回っているのだ。つまる所「2頭のうちのどちらが勝つか」より「2頭が1、2着を独占する」のを当てる方が簡単だというのが、この日の競馬ファンの総意による結論だったのである。
 
 去年の再現か、はたまた逆転か。
 しかしレースは、そのどちらにもならなかった。

 

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*こぼれ話*
 何度も何度も繰り返すが、K氏はあくまで架空の人物。