そして迎える暮れの大一番、２０１７年の障害界総決算、中山大障害である。
こうなるともはや人気は完全なるオジュウチョウサンの１本かぶり。単勝オッズは１.１倍。単勝支持率６８.３１％。この数字はグレード制導入後の障害重賞レースにおける新記録である。
もはや「オジュウチョウサンが勝つか負けるか」を議論する競馬ファンはほとんど存在せず、多くのファンにとって興味の焦点は「オジュウチョウサンがいかに勝つか」にあった。不安要素は落馬転倒による競走中止ぐらいだ。オジュウチョウサン以外の馬は、JG1４連覇という偉業達成の前の、単なる脇役、引き立て役に過ぎない。それが大方の認識だった。
しかしそんな中で、オジュウチョウサン打倒だけを考えて、とんでもない策を講じる陣営があった。
話は少し過去へと遡る。前走東京ハイジャンプにて堂々たる「王者復活」を見せつけたオジュウチョウサンだったが、実はさらにその１ヶ月前、阪神競馬場を舞台にもう１つの「王者復活」劇が行われていた。
その王者こそが、２０１５年最優秀障害馬、アップトゥデイトである。
アップトゥデイトの名は本書でもこれまで度々登場していたが、ここで改めてその経歴について述べておく。
障害馬のほとんどは平地で頭打ちとなった馬たちだが、アップトゥデイトの場合はオジュウチョウサンとは異なり最初から落ちこぼれ馬だった訳ではない。むしろ２歳時まではエリート街道を歩んでいたと言っても良い。
アップトゥデイトが競走馬としてデビューしたのは２０１２年の夏のことだ。中京のダート新馬戦を快勝し、芝での敗戦を１つ挟むも次戦のダート戦で２勝目を上げる。その年の暮れには地方交流重賞の兵庫ジュニアグランプリ（G2）と全日本２歳優駿（G1）とでそれぞれ２着と３着。次代のダート路線を担う馬の１頭として大いに期待された。
しかし順調だったのもそこまでだった。翌年以降アップトゥデイトはひたすら敗戦を繰り返すこととなる。
３歳から４歳８月にかけてのアップトゥデイトの戦績は１０戦して０勝。最高でも５着で限界で、ほとんどのレースの着順は下から数えた方が早かった。
そして２０１４年の夏、アップトゥデイトを管理していた調教師佐々木晶三のもとに、オーナーから転厩が打診された。
佐々木調教師が最後に障害馬を管理していたのは、もう１０年以上前に遡る。長い間、障害馬の管理を拒否し続けてきたのは、管理調教馬の落馬事故があったからだ。
１９９８年の夏、佐々木厩舎所属のオーバーザガルチが１番人気で挑んだ障害３戦目でレース途中に転倒したのだ。その時の鞍上だった騎手の北村卓士は瀕死の重傷をおい、一命こそとりとめたもの、この怪我が原因で騎手生命を絶たれる結果となった。過去に最多勝障害騎手の座に３度輝いた名手であり、佐々木とは家族ぐるみの付き合いもあるかけがえのない友人だった。
競馬場から救急車に同乗し、北村の家族らと共に病院へと付き添った佐々木は、半死半生の友の姿に呆然とした。その時の光景が、深い心の傷となった。
以降佐々木は馬主から管理馬の障害入りの話を受けるたび、自ら転厩を申し出た。障害馬はもうやらない、そう心に決めていた。
アップトゥデイトのオーナーもそんな佐々木の心情は知っていた。転厩の打診は佐々木への不満や失望では決して無い。あくまでアップトゥデイトの障害入りの要望であった。
しかしこの時、佐々木は何故か「この馬、絶対に障害は合うな」と確信したという。根拠は無い。ただの直感だった。
佐々木は１０数年ぶりに障害馬の調教を始めた。
佐々木の直感は正しかった。アップトゥデイトはデビュー戦で２着に好走すると、２戦目３戦目で連勝を飾る。さらに５歳となりまだまだ障害キャリアの浅い中でも中山新春ジャンプステークス（OP）を２着、阪神スプリングジャンプ（JG2）を４着と好走。
４番人気で中山グランドジャンプに出走すると、前年のJG1馬レッドキングダムとアポロマーベリックを下し、初の載冠を果たす。それもレコードタイムの圧勝である。北村卓士の落馬事故から１７年目のことだった。
アップトゥデイトはその後も暮れの中山大障害にて障害転向後５連勝中の天才障害馬サナシオンを完璧に下し、JG1春秋制覇を果たす。オジュウチョウサンが６着と惨敗を喫したあの中山大障害である。アップトゥデイトはその年のJRA最優秀障害馬にほぼ満票で選出される。
オジュウチョウサンの台頭以前、誰もが認める障害王者の座に君臨していたのがアップトゥデイトなのである。
しかし、２０１６年春に左前脚の骨瘤により一時戦線離脱したアップトゥデイトは、夏に復帰して以降、オジュウチョウサン相手の３連敗も含め、勝利の美酒から遠ざかったまま丸１年以上を過ごすはめになる。
２０１７年春の中山グランドジャンプでは、本来得意の中山大障害コースにおいて、オジュウチョウサンどころかサンレイデュークにすら屈する屈辱の３着を喫している。
好走こそするものの、故障以前と比べて調子を落としているのは誰の目からも明らかだった。
そんなアップトゥデイトが１年９ヶ月ぶりの勝利を上げたのが９月の阪神ジャンプステークス（JG3）だった。先頭に立って自分でレースを作り、最後の直線では持ち前のスタミナでさらに加速すると、２着以下を６馬身差で下す完勝だった。
「ようやくあの日の王者が帰ってきた」
「オジュウチョウサンを倒せるとしたら、この馬しかいない」
オジュウチョウサンの復帰戦の派手さに隠れて話題になりづらかったが、この馬の陣営とファンはそんな思いを胸に秘めていたのである。
