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晴れてビッグタイトルを手に入れ障害王者となったオジュウチョウサンだったが、実の所、この時点ではその実力そのものについては障害ファンの間ではまだ疑問符がついていた。前述の通りこの年の中山グランドジャンプは重賞未勝利のオジュウチョウサンが2番人気になる程に出走馬の層が薄く、大本命と目されていたサナシオンも長丁場の中山大障害コースでは後半でスタミナ不足が出てしまうことが既に分かっていた(逆に言えばそれでも大本命になれる程度のメンツだったのだ)。そのためはっきり言ってしまえば「空き巣で運良くG1馬になれた」程度の見方も少なくなかったのである。(恥ずかしながら筆者もその1人だった)
しかしながら大舞台での勝利で何かを掴んだか完全に覚醒したオジュウチョウサンは、そんな疑問の声を吹き飛ばすように強い勝ち方で東京ジャンプステークスと東京ハイジャンプを連勝。特にファンを驚愕させたのが東京ハイジャンプだ。
このレース、オジュウチョウサンは1番人気で出走。レースは第2障害でラグジードライブが落馬失格するも、この馬がなんとカラ馬のままコースも間違えず律儀にハードルも飛越しながら先頭でレースを引っ張るという展開に。カラ馬に巻き込まれて落馬でもしたら大変だ、と先行集団が積極的にペースを上げられない中レースは終盤へとさしかかる。
そして第4コーナーから直線入り口付近、オジュウチョウサンがそろそろ先頭に立つ頃合いとカラ馬に並びかけると、ここで何とカラ馬がコーナーを曲がらずに直進。ちょうど真横に並んでいたオジュウチョウサンはそのままカラ馬に押し出される形で大きく外へと膨れる。この瞬間オジュウチョウサンの馬券を買っていた人々は「終わった……」と青ざめ、「なんでコーナーでカラ馬外から抜こうとしとんねん下手くそ!」と石神騎手に罵声を浴びせた。しかしここからが凄かった。
カラ馬に押されて崩れた体勢も、大きく膨れた進路のロス分も全て跳ね返すように直線で加速を続けると、最後はカラ馬と馬体を併せながらなだれ込むようにゴールイン。致命的な不利を受けながらも、トラブルなど何も無かったかのように人気通り一着になってみせたのだ。
コンビ結成直後は石神騎手が「レースでも30%くらいの力しか出さない。全く真面目に走らない」と評すほどレースに対する意欲が低かったオジュウチョウサンだが、このレースでは驚くほどの集中力と勝負根性を見せる結果となった。
この頃になるとオジュウチョウサンは、あんなに嫌っていた調教でも馬なりで軽快に走るようになっていたという。ゴール板を先頭で駆け抜ければ皆が喜ぶこと、沢山褒めてもらえることを学習したオジュウチョウサンは、いつしか走ることそのものが好きになっていたのだ。
この東京ハイジャンプでは、ギャロップダイナやポルトフィーノよろしくカラ馬一着入線がネタレースとして話題になったが、オジュウチョウサンの精神面の大きな成長を象徴するようなレースだったのである。
ところで、この年飛躍的な成長を見せたのは実はオジュウチョウサンだけでは無い。鞍上の石神騎手もまた前年までからは考えられないほどの成績を叩き出していたのだ。前年まで石神騎手の障害成績は最高でも年4勝。お世辞にも一流騎手とは言い難い成績だ。それに対し今年の成績はなんとオジュウチョウサンの騎乗を抜いても重賞1勝を含む11勝。暮れの中山大障害を前にして既にこの年の最多勝利障害騎手が確定していたのだ。
この躍進について石神騎手は、自身の騎乗そのものでなく、調教で馬に自信をつけさせられるようになったことが大きな理由だと語っている。馬自身が障害も怖がらずに飛越するようになれば、鞍上の自分も落ち着いた騎乗が可能になる。そのサイクルが上手くハマったことで安定して勝てるようになったという訳だ。
これはまさしく、オジュウチョウサン躍進の理由そのものではないだろうか。オジュウチョウサンと石神騎手は、まさに人馬一体となって、この年障害王者の道を歩んだのだ。
さて、こうして重賞2連勝を飾ったオジュウチョウサンと石神騎手のコンビは、春の障害王に相応しい戦績を引っさげて、JG1春秋連覇を目標に暮れの大一番、中山大障害へと向かう。
この年の中山大障害は春の覇者オジュウチョウサンに加え、前年の春秋連覇馬にして最優秀障害馬アップトゥデイト。未だ中山大障害コース以外では無敗、春のリベンジに燃えるサナシオン。障害転向後8戦6勝全連対、今年緒戦で唯一オジュウチョウサンに土をつけているニホンピロバロン。これら4頭を筆頭に錚々たるメンツがぶつかり合うと予想され、障害ファンの間では大いに盛り上がった。
のだが、本番を前にしてサナシオンとニホンピロバロンが揃って屈腱炎を発症。サナシオンはこのまま引退、ニホンピロバロンは長期戦線離脱により、最終的にはオジュウチョウサンとアップトゥデイトの新旧王者一騎打ちという構図に収まった。膨らむだけ膨らんだ夢の出走馬表が少しずつ萎んで現実的な所に収まるのもまた競馬の一興か。
レースではアップトゥデイトが先頭ドリームセーリングのすぐ後ろにつけた2番手、オジュウチョウサンがそこから少し離れた3番手で2頭とも危なげなく道中を進めていく。最後の向こう正面へと入った所で2頭揃って同じタイミングでペースアップ。先頭ドリームセーリングをかわすと第3コーナーを超えた所で2頭は完全に横並び。新旧王者のマッチレースに場内は大盛り上がりだ。
しかし直線に入ってからはオジュウチョウサンが世代交代を告げるかのような脚色の違いを見せる。残り1ハロンでアップトゥデイトを突き放すとそこからはもはや一人舞台。先頭でゴール板を駆け抜けた時には2頭の差は9馬身にまで広がっていた。
この勝利でオジュウチョウサンのこの年の成績はJG1春秋連覇を含む重賞4連勝。障害界を完全制覇し、2016年の最優秀障害馬に満票で選出される。名実共に誰もが認める障害王者の座に君臨することとなった。
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