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そして迎える暮れの大一番、2017年の障害界総決算、中山大障害である。
こうなるともはや人気は完全なるオジュウチョウサンの一本かぶり。単勝オッズは1.1倍。単勝支持率68.31%。この数字はグレード制導入後における障害重賞記録である。
もはや競馬ファンにとって興味の焦点は、オジュウチョウサンが勝つか負けるかではなく、オジュウチョウサンがどう勝つかにあると言って良いレベルだ。オジュウチョウサン以外の馬は、JG14連覇という偉業達成の前の、単なる脇役、引き立て役に過ぎないというのが大方の見方だったのである。
しかしそんな中で、オジュウチョウサン打倒だけを考えて、とんでもない策を講じる陣営があった。
話は少し過去へと遡る。前走東京ハイジャンプにて堂々たる「王者の復活」を見せつけたオジュウチョウサンだったが、実はさらにその1ヶ月前、阪神競馬場を舞台にもう1つの「王者の復活」劇が行われていた。
その王者こそが、2015年最優秀障害馬アップトゥデイトである。
2015年春の中山グランドジャンプにおいて、前年のJG1馬レッドキングダムとアポロマーベリックをレコードタイムで圧勝したアップトゥデイトは、さらに暮れの中山大障害にて障害転向後5連勝中のサナシオンを完璧に下したことで、その年のJRA最優秀障害馬にほぼ満票で選出された。オジュウチョウサンの台頭以前、誰もが認める障害王者の座に君臨していたのがアップトゥデイトなのである。(余談ながら、この年の中山大障害にはオジュウチョウサンも出走していたが、特に何の見せ場もなくアップトゥデイトのはるか後方で6着に負けていたことを付け加えておく)
しかし、2016年春に左前脚の骨瘤により一時戦線離脱したアップトゥデイトは、夏に復帰して以降オジュウチョウサン相手の3連敗も含め、一度も勝てないままに丸一年以上を過ごすはめになっていた。2017年春の中山グランドジャンプでは、本来得意の中山大障害コースにも関わらず、オジュウチョウサンどころかサンレイデュークにすら屈する屈辱の3着。好走こそするものの、故障以前と比べて調子を落としているのは誰の目からも明らかだった。
そんなアップトゥデイトが1年9ヶ月ぶりの勝利を上げたのが9月の阪神ジャンプステークスだった。先頭に立って自分でレースを作り、最後の直線では持ち前のスタミナでさらに加速すると2着以下を6馬身差で下す完勝。
「ようやくあの日の王者が帰ってきた」
「オジュウチョウサンを倒せるとしたら、この馬しかいない」
オジュウチョウサンの復帰戦の派手さに隠れて話題になりづらかったが、この馬の陣営とファンはそんな思いを胸に秘めていたのである。
そして迎える第140回中山大障害。レースが始まってすぐに、観客は目を疑うような光景を見せられる。アップトゥデイトのとんでもない大逃げである。
アップトゥデイトは前走阪神ジャンプステークス同様、スタートから押して行って先頭に立つと、後ろを置き去りにしてみるみるペースを上げていく。一周目の襷コースの大竹柵を越える頃には後続との距離は20馬身を超えるまでになっていた。後続集団のペースが遅い訳では決してない。2番手で後続集団先頭に立ったオジュウチョウサンのこの時点での通過タイムは、前年の中山大障害で先頭に立っていたドリームセーリングの通過タイムを上回っているのである。
確かに一枚も二枚も実力が抜けた人気馬がいる時に、一か八かの大逃げで奇策を打つという光景は競馬においてよく見られるものではある。オジュウチョウサンの前走東京ハイジャンプでもタマモプラネットが同じ戦法をとっていた(そして粉砕された)のは記憶に新しい。しかし、だ。通常大逃げの奇襲は人気薄の穴馬が打って出る戦法である。自身へのマークが薄いことを逆手にとって、後方で人気馬たちが牽制しあっている内にセーフティリードを確保して逃げ切ってしまえ、というものだ。
言うまでもなく、アップトゥデイトは人気薄の穴馬では断じてない。オジュウチョウサンにこそ離された2番人気だが、3番人気以下を大きく離した圧倒的2番人気の馬なのである。そんな人気馬、しかも元々大逃げを得意とする訳でもなんでもない馬が、G1級競走でここまでの大逃げを打つなど前代未聞と言って良い。
そこにはアップトゥデイト陣営の決死の覚悟があった。
アップトゥデイトにとってオジュウチョウサンとのこれまでの直接対決が、あくまで怪我から復帰後の復調途上のものだったのは確かだ。しかしとは言え、直線の決め手勝負で3戦連続で完敗を喫しているのもまた事実である。戦前、調教師の佐々木晶三氏は周囲にこう話していた。
「普通に戦っても勝てない。勝ちに行く競馬をする」
オジュウチョウサンが他馬を圧倒しているのは、何と言っても平地での末脚だ。最後の直線入り口で同じ位置にいるようでは、残りのスタミナ分と持ち前のキレ味でほぼ確実に差し切られてしまう。であれば、一昨年の中山グランドジャンプをレコードで制した時にすらまだ底を見せなかった無尽蔵のスタミナでもって、ギリギリの消耗戦に持ち込むしかアップトゥデイトに残された勝利の道はない。
そう考えた陣営が選択したのが、元王者の見栄もプライドもかなぐり捨てた自滅覚悟の大逃げだったのである。
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