中央競馬では年間約4000頭のサラブレッドが新たに競走馬としてデビューする。
その一方で出走できるレース数は有限である以上、全ての馬に十分なチャンスが与えられる訳ではない。
2014年当時、未勝利馬だけが出走可能と定められた未勝利戦は3歳の10月頭までしか開催されない決まりとなっていた*1。9月から10月初頭にかけて開催されるこの未勝利レース群を俗に「スーパー未勝利戦」と呼ぶ*2。中央の競走馬にとっては実質的な「ラストチャンス」である。
が、しかし、オジュウチョウサンの復帰はこのスーパー未勝利戦にすら間に合わなかった。
3歳10月までに1つのレースにも勝てなかった馬には、概ね3つの選択肢が与えられる。
1つは地方競馬への転身。中央競馬に比べて一般的に大きくレベルの劣る地方競馬であれば、中央のレースで勝負にならなかった馬でも活躍できる可能性がある。一定以上の成績を上げれば中央への復帰も可能だ。
2つ目が500万下条件レースへの出走。勝ち星こそ上げれなかったものの未勝利戦で惜しいレースを続けた馬の場合であれば、1勝馬たち相手でも互角以上のレースが期待できる。出走除外の可能性も高いため、あまり多い例ではないが、毎年各世代に何頭かはこういった馬を見かける。
そして3つ目が引退である。引退後は、牝馬であれば繁殖入りという可能性がある。現役時代は未勝利、未出走に終わった繁殖牝馬は特に珍しいものではない*3。牡馬の場合も、運が良ければどこかの乗馬クラブなど引き取り手が見つかることで、第二の馬生を歩み始められることもある。
では運が悪ければ? そこに待っているのは殺処分という残酷な三文字である。多くの競馬ファンができることなら目を背けておきたい、競馬産業の暗部がそこにはある。
しかしオジュウチョウサンに与えられたのは、その3つの内のどれでもなかった。地方競馬の馬主資格を持たず、さりとて久方ぶりの重賞馬であるケイアイチョウサンの全弟を諦めきれなかった長山は、オジュウチョウサンを障害競走に出走させることを決める。