オジュウチョウサン物語 第5章5「剥離骨折」

 

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 4月19日。その日の午前中、普段社内にこもりきりでデスクワークがもっぱらな私は、珍しく上司命令で取引先の現場へと向かう所だった。昼からのミーティングを控え、最寄り駅近くの喫茶店で一息つきながらSNSを開くと、そこに飛び込んできたのが「オジュウチョウサン骨折」の報だった。
 詳しくニュースを追っている時間も無かったため、暗澹たる気持ちで店を出て仕事場へと向かう。あくまで症状は軽度の剥離骨折と知り、ひとまず重症でないことに安心できたのは、夕方になり仕事を終えてからのことだった。
 
 剥離骨折とは骨の表面から小さな骨片が剥がれた状態の骨折のことを指す。部位にもよるが馬の骨折の中では最も軽度な部類に当たる。
 オジュウチョウサンが負った右第1指骨の剥離骨折は、完治さえすれば医学的には競走能力にほとんど影響が無いとされるものである。前年に日本ダービー4着のリアルスティールがレース中に剥離骨折を起こしていたことが発覚するも、4ヶ月後の神戸新聞杯に無事に出走していたのが当時の競馬ファンの記憶には新しかった。
 翌々日には剥離骨片の除去手術の成功と、順調に行けば冬の中山大障害には十分間に合うことが報じられ、ファンたちはひとまず胸をなでおろした。
 
 とは言えサラブレッドは繊細な生き物である。身体能力自体に何ら影響が無くとも、メンタル状態までは分からない。ファンらは一抹の不安を胸に抱えながら夏を過ごした。
 そんな人々の不安をよそに、順調に回復したオジュウチョウサンがレースに復帰したのは10月のことである。復帰戦は前年カラ馬に絡まれながら勝利した、東京ハイジャンプが選ばれた。

 

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