オジュウチョウサン物語 第4章7「戴冠」

 

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 さて、ようやく話は2016年春の大一番、中山グランドジャンプに戻る。
 
 レースが始まると、圧倒的1番人気のサナシオンがスタート直後からハナを切り先頭で逃げる。
 昨年暮れの中山大障害でこそ先頭を11番人気のドリームセーリングに譲ったが、本来的には逃げがサナシオンの勝ちスタイルだ。予定通りに先頭ポジションを取ったサナシオンの姿に、競馬場の人々は早くも1番人気馬の順当勝ちを予感し始める。
 しかしそう簡単にマイペースに逃げさせてもらえないのが1番人気の宿命である。4番人気ブライトボーイがサナシオンのすぐ後方につけ、道中終始プレッシャーをかけ続ける。
 
 そしてオジュウチョウサンはと言えば、サナシオンとブライトボーイから少し離れた3番手の好位につけて、前を行く2頭をピッタリとマークする。所詮は形だけの2番人気だ。3番手のオジュウを警戒してつつこうとする後続馬はいない。
 オジュウと石神はマイペースのまま、体力を温存しつつ追走を続ける。
 
 大きく隊列が変わらないままレースは終盤へと向かう。レースが一気に動き始めたのは、最後から2番目の障害を越えて最終コーナーに差し掛かったあたりだ。
 サナシオンがスパートをかけて一気にブライトボーイを突き放すが、そのサナシオンに外からオジュウチョウサンが抜群の手応えで競りかかってきたのだ。鞍上石神の両手はいまだ手綱を持ったままだ。
 
 ジリジリと差は詰まってゆき、直線入り口に置かれた最終障害を飛越した所で2頭の差は半馬身ほど。直線で最後の追い比べが始まると、そこからは脚色が違った。
 石神が追えば追うほどぐんぐんと伸びるオジュウチョウサンは直線半ばでサナシオンを捕まえると、そのままあっさり抜き去り先頭でゴールイン。最後は3馬身半の差をつけての完勝だった。
 
 ゴール板の前を駆け抜けた瞬間、石神は右拳を力強く振り上げた。
 
 ほんの1年半前は、未勝利引退も覚悟しなくてはならなかったはずの馬だった。そんな崖っぷちの落ちこぼれ馬が、障害王者の称号を手に入れたのだ。
 GIタイトルはオジュウチョウサンだけでなく、鞍上石神、和田調教師、オーナー長山、生産牧場である坂東牧場にとっても揃って初めてのことである。
 血統の可能性を信じて現役を続けさせた馬主の長山尚義。馬の秘めた能力を信じて乗り込み続けた騎手の石神深一。馬と騎手の絆を信じて全てを託した調教師の和田正一郎
 全ての関係者の想いが結実した瞬間だった。奇跡とすら言っても過言ではない。オジュウチョウサンに関わる全ての人々が、大きな喜びに包まれた。
 
 しかし、この勝利がこれから始まる伝説の、単なる序章に過ぎなかったことを知る者は、この段階ではファンはおろか関係者も含めて、いまだ皆無だった。

 

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