Gのレコンギスタ備忘録 第3話

以下の内容は2015年刊行の同人誌「Gのレコンギスタ備忘録」の内容の再掲です。

全文はこちら

2話はこちら

 

f:id:adenoi_today:20191202235410j:plain

 

クリム・ニック

 今話の新キャラ、と言ってもまだ3話なのでむしろ毎回毎回数人ずつ新キャラが出て来るGレコなのだが、そこを差っ引いてもクリム・ニックは今話の主役キャラと言って良い。登場1分で怒濤のキャラ立てが行われているが、その人物描写はなかなか深みがあって面白い。
 ラテン調の軽快なBGMと共にMSのコクピットという「高所」から登場。イロイロとご高説を打ってる所に「落ちます! 下がって!」「天才と煽てられて、調子に乗っていませんか!」の声。年上の壮年キャラクターから敬語を使われる所からもそれなりに高い身分の人間である事も分かり、傲慢な凄腕MS乗りで周りは迷惑気味、という印象がまず発生する。
 そしてその印象が定着しかけた所に、優し気な笑顔で整備士らに「ジャベリン、ありがとね!」だ。この台詞1つがある事によって、クリムの印象がただの嫌な奴でなく、愛嬌もあって憎めないキャラクターへと一気に変化する。キャピタルタワーへと移動中のワンシーンにおける間抜けな表情も、クリムのちょっとアホっぽくて憎めないキャラ性に拍車をかけている。
 こうしたキャラクターの積み重ねがあるからこそ、MS戦の際の、高笑いをしながらの「私は天才なのだよ!」という台詞も、そこだけ切り取れば傲慢なキャラがサディスティックに酔っているかのようなシーンだが、視聴者にとってはアホの子のお調子ノリ、くらいの印象となり嫌悪感は少ない。
 また、今話でのクリム・ニックが面白いのは本人のキャラクターだけでなく、そこから照らし返された海賊側の人間関係だ。
 前回戦死したカーヒル大尉だが、その人物像は直接画面上ではほとんど描かれてはいない。我々にはアイーダからの「素晴らしい人間」という人物評以外でこの男について知る手段はなかった。そこにようやくカーヒルを知る別の人間が現れた訳だが、クリム・ニックは「あの歳でふざけているから!」と前話におけるカーヒルの行動をバッサリ切り捨てる。アイーダにとっては自分を救いに来たカーヒルは「王子様」としか見えないが、それがクリムの立場からは軽卒な行動と映っていた訳だ。
 そんな訳だから、アイーダによる「能天気な青年」「MS大好き男」というクリム評も、どこまで信じて良いかなど分かったものではない。確かにクリムは自身を天才と自称するお調子者ではあるが、それと同時にキャピタル側の思惑や戦力を冷静に分析できる狡猾さも兼ね揃えており、そういったクリムの狡猾さをアイーダは認識できていない可能性は大いに有り得る。
 この2人のどちらが正しい認識なのかという話ではない。そもそも人間の認識なんてものは立場によって変化するのが当然なのだ。第一、カーヒルの軽率さを愚痴るクリム・ニックもまた、母艦の人間からは今回の行動を軽卒思われている訳だ。
 あるキャラクターが「AはBだ」と言ったからといって、それが必ずしも真実という訳ではない。今話のクリムは、本人のキャラクター性だけでなく、1話2話まででは一枚岩的にしか見えなかった海賊側の人間模様に、複雑な立体性を与えてくれるのである。

 

【親子関係は良好?】

 本話ではベルリとその母親、ウィルミットとの会話シーンが描かれているが、ここで見られる随分と良好な親子関係は、富野アニメにおいてはイレギュラーであると言える。親子の不和、特に母親とのそれが富野アニメの本体の定番だ。それと比較すると、ベルリの母はベルリ自身からも充分好かれているようであり、良い母親をできているのだなと一見感じられる。が、細かい描写について考えていくと、多少違和感を覚えなくもない。
 今回我々視聴者は、ノレドがウィルミットとは初対面であることから、ノレドとベルリが幼馴染でないことを知る。しかしここまでで描かれたノレドとベルリとの距離感からは、幼馴染でないまでも、かなり長く深い付き合いがあると予想がつく。と言うことは、ノレドの存在を知らなかった程度には、ベルリとウィルミットとの関係には希薄さがあるのではないかと推測できる。
 また、ベルリの指の怪我をベルリ母が気遣う事に、ベルリはちょっと嬉しそうな顔を見せる。しかしこの歳にもなればかすり傷程度に親が強く心配するのを、むしろ多少鬱陶しく感じるのが普通ではないだろうか。ここでベルリが嬉しそうにするのは、裏を返せば普段は構ってもらえていないことを示唆している。
 お互いちゃんと愛情を持っている事は分かるものの、このシーンからはその裏返しの少し寂しい親子関係が多少見えなくもない。この時点では彼ら親子がどのようなドラマを見せるかはまだまだ予想すらつかないが、今話での穏当な関係に安心(?)するのはまだ早そうだ。

 

【道具の正しい使い方】

 今話の人間ドラマ面でのハイライトは、言うまでもなく中盤で描かれるベルリとアイーダの口論のシーンだろう。昨夜の「カーヒル殺し」について話を始めるベルリとアイーダ。昨夜は錯乱して詰め寄られるだけだったベルリだが、一夜明けて冷静になったのか、ここではアイーダに「先に攻めてきたのはそちらのはず」というニュアンスの台詞をアイーダに投げつける。アイーダの方もまた昨夜ほどには感情的ではない。そして話は自然と世界情勢論へと移る。

 

アイーダ「エネルギーと道具は、道徳的に正しい使い方ができれば…!」
ベルリ 「それができなかったから、人類は宇宙世紀に全滅しそうになったんでしょ!」 

 

 「エネルギーと道具の正しい使い方」、これは『Gレコ』における大きなテーマの1つであるが、ここでそのことが2人の会話から示唆されている訳だ。
 この口論のシーンを挟み、今話では序盤と終盤に2つの印象的な「道具の使い方」が描かれる。
 まずは序盤、Gセルフがカーヒルグリモアを撃ち抜いた現場から、ベルリ以下面々が船であとにするシーン。深夜ということもあり眠りにつくキャラクターもいる中、ラライヤはGセルフビームライフルの砲身の先を枕にして眠っている。
 人とロボットのサイズ対比が丁寧に描かれていると同時に、前話で人の命を奪ったばかりの「兵器」を、今話ではサラリと枕という日常道具として使ってみせている。「兵器」や「道具」に対して単純化した捉え方はさせてはくれないのだ。
 次に終盤、今話の新キャラ、クリム・ニックの駆るMSモンテーロと、デレンセン率いるカットシー部隊の戦闘に、ベルリとアイーダ御一行は、4人揃ってGセルフで参戦する。がしかし、彼ら(正確には操縦しているのはアイーダなので「彼女」と言うべきか)が出撃後に初めて行ったのは、戦闘行動ではなく、被弾したケルベス機の救助なのだ。ここでアイーダは先程自分が言った「道徳的に正しい使い方」を、意識的にか無意識的にかは分からないが、Gセルフを使ってやってみせた訳だ。
 しかしこの2つのテーマ的に非常に重要と思われるシーン、劇的に描かれているとは言い難い。特にラライヤがライフルを枕にするシーンは、あまりにサラッとした描写のため、うっかり見流してしまいそうにすらなる。テーマ的に重要だからと言って、そこに強く注目させるようには描かない。ここでも『Gレコ』の視聴者に不親切なスタイルが炸裂していると言えよう。

 

4話はこちら