Gのレコンギスタ備忘録 第1話

以下の内容は2015年刊行の同人誌「Gのレコンギスタ備忘録」の内容の再掲です。

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【ファーストカット】

 映像作品において冒頭から戦闘シーンを説明無しで始めるという手法自体はそこまで珍しいものではない。カーチェイスやスポーツの試合など、同様のパターンも多い。この『Gレコ』の第1話でも冒頭はMS同士の小競り合いのシーンから始まる。しかしながら、この第1話の始まり方に驚いた方はかなり多いのではないかと思う。その理由はOPが終わった直後テレビ画面に映し出されたファーストカットにある。
 通常、物語冒頭でいきなり戦闘シーンから物語を始めるにしても、まずは何でもないような風景絵を引きで映す。そこからカメラをスライドさせると、遠くで動いている何かが映り、そこに視点をゆっくりと近づけていくとMS同士が戦っていることが分かる。このように、一度情報量の少ないカットから始めてから、徐々にキャラクターや状況の説明を始めるのが定石だ。これは何もロボットアニメの戦闘シーンに限ったことではなく、現代日本を舞台に主人公が自室で朝起きるシーンから始めるような場合でも、まずはベッドのそばに置いてある時計や朝日が漏れ出るカーテンなどを映し、そこから主人公の寝顔に繋げて行く、という手法が多くの場合使用される。
 それがこのGレコではそんな定石は無視し、イキナリ3機のMSが1つの画面に収まった絵から番組は始まる。それはまるで番組放送中にチャンネルを切り替えた時かと思うかのような唐突さだ。放送当時はそれこそ「録画に失敗したかと思った」という声も聞こえてきたほどである。
 この特殊性は「第1話のファーストカット」として明らかに意図的に演出されたものだ。その証拠に2話以降このような特殊な始まり方をすることはなく、基本的には遠景から始まるなど、映像作品としての定石に則られている。ではその「意図」とはなんであろうか。
 そもそも、情報量の少ないカットから物語を始めるという手法は、それが物語の導入部である事を強調する為に用いられている。要はそのカット自体が「これから物語が始まります」という予告であり、視聴者を物語世界にスムーズに誘導するためのガイドになっている訳だ。
 しかし『Gレコ』にはそれがない。ゆえに我々視聴者は、何の予告も誘導も無しに突如物語世界に放り込まれたかのような感覚に陥る。おそらくそれこそが、この非常に特殊なファーストカットの意図するところだ。そしてその「予告も誘導も無く物語世界に視聴者を放り込む」という不親切なスタイルは、『Gレコ』全話を通じて頑なに貫かれる。
 我々に強い違和感を与える、第1話開始直後のファーストカットは、このアニメの基本ルールを我々に暗示しているのだ。

 

【難解さの理由】

 本第1話では、前半Aパートにて今作の中心的な舞台装置である「軌道エレベーター」に乗って主人公らが宇宙に出るまでを描き、それと平行する形で世界観の説明やキャラクター紹介を同時に行う。次に後半Bパートでは、一転してMS同士の戦闘シーンに終始しながら、ロボットアニメの第1話において最も重要であろう「ボーイ・ミーツ・ガール・アンド・ロボット」を消化している。
 こうしてあらすじのみを追うと、「ロボットアニメの第1話」としては比較的オーソドックスな作りと言えるのではないだろうか。ヒロインが搭乗する主人公機が敵として現れ、それを主人公の乗る量産機が応戦する、という構図は若干王道から外れているとは言えるが、「異端」とまで言える程に特殊とは言いづらい。
 前節で『Gレコ』では視聴者に不親切なスタイルが貫かれていると述べたが、実際に放送開始時に多くの視聴者から「分かりにくい」「難解だ」と批判の声が上がったのは記憶に新しい。おそらくこれからも多くの新規視聴者から同じ批判を受けることと思う。しかしストーリー自体が特に複雑でも特殊でもないのだとしたら、一体何がその難解さ、不親切さの原因なのか。
 特にこの第1話における大きな要因としては、専門用語の多さとそれに反した説明の少なさが挙げられる。
 ここで比較として、シリーズ元祖である『機動戦士ガンダム』の第1話において登場した専門用語数を数え上げてみる。「ジオン公国」や「モビルスーツ」に「ガンダム」など、その専門用語の数は合計で8つとなった。それに対し『Gレコ』第1話では、「モビルスーツ」や「ミノフスキー粒子」と言った既存のガンダム用語を抜いて数えたとしても、出現した専門用語の総数は18にまで上る。実に『ガンダム』の倍以上である。
 そしてこれだけ大量の専門用語のそのほとんどが、劇中では明示的な解説が一切なされない。用語の単純な総数にも大きな差があったが、それ以上に『ガンダム』にはナレーションがあった。ナレーションによって視聴者は物語が始まる前に、少なくとも「宇宙世紀と呼ばれる未来の世界の物語で、地球連邦政府ジオン公国が戦争をしている」という背景情報を確保することができた。しかし『Gレコ』にはそれが無い。劇中でヒロインの1人であるノレドが「キャピタル・アーミィって何なんです? キャピタル・ガードと違うんですか?」と質問しているシーンがあるが、我々視聴者はまずその時点ではそもそも「キャピタル・ガード」の方ですら一体なんなのかすらほとんど分かっていないのだ。
 『Gレコ』では、我々視聴者が理解していない単語、知らない単語を、劇中のキャラクター達は既に常識的に知られている語句として平気で会話を進める。ここでも我々は、ガイドも無しに知らない世界に突如放り込まれる感覚を味合わされる。この『Gレコ』の置いてけぼり感に、視聴者の多くが不快感や拒絶反応を起こしたこと自体は否めない。しかし、それこそが『Gレコ』の醍醐味でもある。未知の世界に置いてけぼりにされ、手探りで少しずつ理解していく感覚が、富野アニメに馴らされた身には不思議と心地良いのだ。『Gレコ』のこの不親切なスタイルに抵抗感を持った人も、無理に全てを理解しようとせず、まずは分からないことそのものを楽しんでみるといかがだろうか。

 

ベルリ・ゼナム

 前2節では物語の内容そのものにはあまり触れず、演出や脚本面での特殊性について述べたが、ここで内容面に一歩踏み込み、特に主人公ベルリ・ゼナム君のキャラクター性に焦点を当てておこう。
 ベルリは明朗快活で好奇心旺盛なキャラクターとして描かれており、従来の富野アニメの主人公らがコンプレックスや暗い影を背負いがちなのと比べると、クセの少ないキャラ造形がなされていると言って良い(そのクセの無さこそが実はベルリという少年のクセものな所だったりするのだが…)。「明朗快活で好奇心旺盛」と評すると冒険モノの王道主人公であるかのようにも聞こえるが、しかしそこには簡単なステロタイプには収まらない、極めて複雑な、そして厄介なキャラクター描写が随所に散りばめられている。ここでは最初から順を追って、本話でベルリがどのようなキャラクターとして描かれているのかを具体的に俯瞰していってみよう
 ベルリの初登場シーンでは、まずイキナリ「主人公が鞭を避ける」というシーンから始まるが、ここで「何故主人公は鞭で叩かれるような事になったのか」という事への説明は一切なされない。が、視聴者はその後の数秒の主人公と教官のやりとりを見れば、そこに違和感を持たなくて済むようになっている。
 「なんで避けたんだ!」
 「常日頃、臨機応変に対応しろとは大尉殿の教えであります!」
 明らかに主人公のベルリは教官であるデレンセンをおちょくっている。そして直後、苛立った口調で再び鞭を振るうデレンセンに対して、鞭をかい潜りながら懐に飛び込みニヤッと笑うベルリ。
 この数秒のやりとりだけで、ベルリが周囲に比べて飛び抜けて優秀な生徒であり、身体的にも身のこなしが軽やかで、そしてその能力を活用して他人をおちょくって面白がる奔放な性格のキャラクターである事などが自然と分かる。それが分かる事によって、最初の鞭のシーンも「何か教官をからかって怒られているのだな」という事が何となく予想がつく。
 このシーンに続いてヒロインらがチアガール姿で華やかに登場するが、注目したいのは「ベールリ!」とハートマークがつきそうな甘え声で大胆に身を寄せるノレドの姿で、これに対しベルリは照れる様子も戸惑う様子も全く見せずに笑って対応する。ベルリが明らかに女の子から好かれ慣れていることが、このシーンでハッキリと分かる。少なくとも、よくある朴念仁キャラなどでは決してない。
 次に注目すべきなのは、教官に命令されてチアガール姿のヒロイン達を追って階段を登るシーンだ。ここでベルリは意地悪な先輩から「運行長官の息子だからって」と嫌味を言われる。この少し前のシーンにて別のキャラクター(ルイン)の台詞からベルリが「2回級飛び級生」であることが明かされているが、それと合わせてベルリが言わば身分実力共に「エリート」と呼ばれる存在であることを我々は知る。そして重要なのは、ベルリ自身はそうした自分の出自や境遇について、特段コンプレックスとも何とも思っていなさそうな所だ。先輩の嫌味を極めて自然体で受け流す。
 ここでさらに注目すべきは、ベルリが受け流したのは自分自身に対する嫌味だけではないという点だ。件の先輩は先の台詞に続けて「クンタラ」という言葉を口にする。「クンタラ」が差別用語に近い意味であることは他のシーンからも読み取れるが、ここで彼はベルリと仲の良い女の子を非差別民族だと馬鹿にしているのだ。しかしその点にもベルリは特に頓着しない。どうもベルリは決して「曲がったことが許せない熱血漢」のようなキャラクターではないらしいことが少しずつ明らかとなる。そろそろ「主人公」としては雲行きが怪しくなってきたように感じないだろうか?
 後半のMS戦では、まず突如現れた謎のMSの姿に目を輝かせ笑顔を見せるシーンが印象的だ。未知への強い好奇心が彼の表情から読み取れる。そしていざ戦闘となると、MSレクテンに装備された溶接機などの作業用装備を巧みに武器として使用し、性能的には圧倒的に勝ると思われる敵の「ガンダム」に対し、互角以上に戦ってみせる。ここでもベルリはいかんなく己の才能を発揮する。
 加えて、ベルリがその場の機転で溶接機を武器代わりに使ってみせたことに対し、候補生主席のルインが溶接機がビームライフル代わりになることを「裏マニュアル」で知って使っているのが、ベルリの天才性とルインの秀才性との対比となっている点にも注目したい。
 境遇にも才能にも恵まれ、それを鼻にかけるようないけ好かないタイプではないが、かと言って恵まれた自分を自覚して謙虚さを持ち合わせているとも言い難い。コンプレックスとは無縁のナチュラルエリート。そんなキャラクターがベルリ・ゼナムという主人公だ。
 一見「好奇心豊かで明るい少年」というシンプルな主人公像ともとれるベルリのキャラクター造形の中に、違和感を抱かざるを得ない複雑で厄介な要素が散りばめられていることを分かって頂けたのではないかと思う。
 そんな彼が、謎の女海賊アイーダと「ボーイ・ミーツ・ガール」を果たし、Gセルフと呼ばれる「ガンダム」に乗りこみ「ボーイ・ミーツ・ロボット」を果たした所で第1話は完了する。こうして『ガンダム Gのレコンギスタ』という、ベルリの長い旅の物語が始まったのだ。

 

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