炎上にかこつけてテキトーこく連中に「ケロロ軍曹の全盛期は『今』なんだよ」と叩きつけるための覚え書き

 

はいブログの方では毎度の通りお久しぶりのあでのいです。
えー、twitterフォローされてる方々はご存知の通りと思いますが、何の因果か私不肖あでのい、この2019年にケロロ軍曹にどハマりしまして、そりゃあまあ夢中になっているであります。

(作者の吉崎観音が某アニメ大炎上で一躍ネット界のパブリックエネミー化している件とは全くの無関係)
(嘘。本当はちょっと関係ある)
(まあそれはそれとして) 

でまあ、ケロロ軍曹ってもうアニメも終わって何年も経つ訳で、正直特に興味無い人にとっては「えっ、まだ連載してたの?」って思っちゃうし、連載継続中って聞いても何となく「全盛期ほどでは無いけど、そこそこ面白い中堅どころをキープ」くらいを想像しちゃうんじゃないかなーって思う訳ですよ。
もうね、大間違い。
ハッキリ言う。
ケロロ軍曹の全盛期は紛れもなく今です。間違いなく最新巻が一番面白い。(注:記事を書いてる時は29巻が最新刊でした)

ぶっちゃけね、例の騒動で「ストーリーテラーとしての才能が枯れた吉崎観音が〜〜」みたいに言ってた連中がいたじゃないですか。
アレね、実際には最近のケロロ軍曹欠片も読まずにテキトーこいてたクズか、もしくは漫画批評眼の欠片もないザコの戯言ですよ。

(ゴメン言い過ぎた)
(まあそう言う理由「だけ」は分かるんだよ)
(詳細後述) 

と言う訳で、今日はここ最近のケロロ軍曹がいかに素晴らしい内容だったかについて語っていきたいと思います。
ネタバレ全開ですのでそこは要注意。

 

 

 

七不思議編が描こうとするもの

漫画『ケロロ軍曹』は、宇宙からやってきた地球侵略者であるケロロ軍曹とその仲間ケロロ小隊の面々が、居候先の日向家を中心に日夜侵略活動(という名の金儲けやイタズラ)に精を出しつつサボりつつ、面白おかしく地球の日々を送るドタバタコメディ漫画である。
基本的には1話完結のいわゆる「サザエさん時空」ギャグ漫画として20年間、コミックスにして計29巻分連載を続けてきた『ケロロ軍曹』だが、実は28巻から「ケロロンボール編」もしくは「七不思議編」と銘打った長編ストーリー展開が続いている。
(実はこのブログ記事を書いてる途中に30巻が発売されてしまったのだが、その辺はちょいご容赦。いや本当はもっと早くに書き上げれる予定だったんだよ)

 

内容はこうだ。
ケロロ小隊の頭脳担当クルル曹長による新開発の最終究極侵略兵器「ケロロンボール」。これさえあれば侵略成功確実と沸くケロロ小隊の面々だが、トラブルによりケロロンボールは7つに分裂し世界中に飛び散ってしまう。ケロロ小隊は飛び散ったケロロンボールを探さなくてはいけなくなる。
この「ケロロンボール探し」のキーマンとなっているのが、ケロロ軍曹らの居候先である日向家の長男、この漫画のもう1人の主人公の日向冬樹である。世界中に散らばったケロロンボールだが、その行き先にはオカルト大好きな冬樹少年の夏休みの自由研究「世界7不思議研究レポート」がインプットされているのだ。
ケロロンボールを7つ全て集めて願い(地球侵略)を叶えるため、ケロロ小隊と日向冬樹は冒険の旅に出発する。

 

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(28巻より)

 

とまあ、以上の設定だけで言えば純度100%のドラゴンボールパロディ。本家と違うのは、ケロロンボールを探してケロロ達が各地に赴くと、そこでは世界7不思議研究レポートをインプットしたケロロンボールの力により、七不思議に縁ある「異形のモノ」が出現するという点。

 第1部「ナスカの地上絵」編ではそのまま地上絵が巨大怪獣となり、第2部「イースター島」編ではイースター島に古くから伝わるラパ・ヌイ神話における邪神アクアクが、ケロロ達のケロロンボール探しの邪魔をする。

 

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(28巻より)

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(28巻より)

 

これだけなら単なる「ボスキャラ」設定なだけなのだが、漫画として非常に面白いのはここからだ。
「ナスカの地上絵」編でも「イースター島」編でも、それぞれの「ボスキャラ」達が現地の神話や伝承、文化や歴史に由来したバックグラウンドを有した存在である事が、極めて丁寧に描かれる。また、当然ケロロらは彼らと戦うことになるが、単に「戦って倒す」というのではなく、怨念ごと昇華させるような物語となっている点も重要な要素である。
言うなれば、この七不思議編は全体を通して、非常によく出来た「荒魂と化した土着神の御霊を鎮める、祓う物語」と形容することができるのだ。


前述の通り、「ナスカの地上絵」編では地上絵が現実化して巨大怪獣として暴れ始める。ナスカの地上絵が描かれた理由に関しては現在も謎とされているが、漫画内では古代ナスカ文明の精霊や守り神のような存在だったとして描かれる。

 

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(28巻より)

 

ナスカの民によって生み出された彼らは、実体を得て何故暴れるのか? そこには「国が滅び民を亡くした精霊としての悲哀」「忘れ去られた孤独と鬱屈」が背景にあることが描かれる。

 

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(28巻より)

 

元来『ケロロ軍曹』は、ケロロ自身がこよなく愛するガンプラを始めとし、現実世界の商品や地名などの「実在物」を巧みに利用することで現実との連続性を強化するのを得意とする漫画だ。(ただ、実は巻を重ねるにつれガンプラ以外の実名商品が少なくなっており、個人的にはちょっと寂しい)

 

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(2巻より)

 

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(1巻より)

 

七不思議編では地上絵達の描かれ方で分かるように、その方法論が物語全体の核心的なレベルに対してもフルに活かされる。
「ナスカの地上絵」編では、特殊なキーキャラクターとして実在の考古学者であるマリア・ライへ女史が登場する(正確には本人が登場している訳ではないが)。この実在人物のマリアを介することで、地球文化に興味の薄いケロロらと、オカルト大好き少年の冬樹、そして太古の文明の遺産である地上絵たちとが、漫画としてスムーズに連結される。

 

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(28巻より)


物語としては、地上絵達がナスカの地上絵に強い憧れを抱く冬樹の心に触れることで荒ぶりを鎮める、という形で決着がつく。人々から忘れ去られたことで誇りを失った地上絵達が、再びその誇りを思い出すことで元の地上絵へと戻るのだ。

 

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(28巻より)

 

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(28巻より)

 

「のけもの」の物語

この「荒魂と化した土着神の御霊を鎮める、祓う物語」という構図は、第2部「イースター島」編でさらに高いレベルで描かれる。
イースター島」編では敵キャラクターとして「邪神アクアク」が登場する。ちなみにアクアク自体は実はこれが初登場ではなく、15巻に収録されてる3話構成の中編で一度既に退治されているのだが、ケロロンボールの力で復活したという話になっている。 

 

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(15巻より)(今更だけどセルリアンと基本デザインが同一)

 

前回はそれこそ単なる「敵キャラ」だった再登場のアクアクだが、ここでは改めて「アクアク」という名の邪神について、人類史的側面、神話的側面、SF的側面から深く掘り下げられる。

 

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(28巻より)

 

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(29巻より)

 

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(28巻より)

 

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(28巻より)

 

ここで非常に興味深いのが、「のけもの」というキーワードが繰り返し使用されている点だ。上記1枚目の画像のページが時期的には雑誌掲載が2017年2月頃で、ちょうど『けものフレンズ』の人気に火が付き始めた辺りである。
「ナスカの地上絵」編にしても「人々から忘れ去られた精霊達」の物語であることを踏まえると、七不思議編自体が「"のけもの"のお話」をコンセプトにしている可能性もある(全体通しての話はまだ残り5部もあるので予測に過ぎないのだが)。勿論七不思議編のスタート自体はアニメ『けもフレ』よりずっと以前なので、基本コンセプトは『けもフレ』とは関係無いはずではあるが、『けもフレ』のヒットを受けて意図的に「対」になるような作劇に強調している可能性は大いに有り得るのではないだろうか。


閑話休題
魔人ブウよろしく邪神アクアクはケロロ小隊の面々を次々と倒しては体を乗っ取り、能力を吸収してゆく。そんなアクアクに対抗するため、ケロロと冬樹はアクアクの対となる、善神にしてイースター島最高神マケマケの力を借りに島の最南西端へと向かう。ここで冬樹とケロロにはそれぞれ異なる役割が与えられる。
マケマケの力を借りるためには島の伝承にある「鳥人儀礼」を通過し、力を借りるにふさわしい「鳥人」と認められなくてはならない。この鳥人儀礼の通過役を冬樹が担い、マケマケの力を実際に借りる役目をケロロが担う。

 

儀礼の地に向かうため、ケロロを抱きかかえてイースター島の中を走り抜ける冬樹は、島の歴史と文化、そこで生きる人々の暮らしに想いを馳せる。(このシーンが本当に素晴らしいんだ)

 

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(29巻より)


ここで地球人の少年である冬樹は、「人」として試練を乗り越える存在として、そしてイースター島の民が紡ぎ続けてきた歴史と文化を継承する存在として描かれる。
その一方で、宇宙人、すなわち「異界からのマレビト」であるケロロには、神の超常性をその身に憑依させるシャーマンの役割が与えられる。

 

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(29巻より)


ケロロらによって目覚めた善神マケマケもまた、冬樹を「遠い異国の少年」、ケロロを「迷惑なる異世界人」と呼び、異なる存在として区別する。
「地球人」と「宇宙人」と「地球の文化」の三角関係は、ある意味で漫画『ケロロ軍曹』の魅力の根幹と言っても良い。普段はギャグ漫画のコンセプトとして使われているこの構図が、ストーリー漫画のテーマとして第1部も含めこの七不思議編では、極めて丁寧に深く(そしてあくまで冒険活劇として)描写される。


さて、この「イースター島」編を「のけものの邪神を祓う物語」として見た時に、さらにもう1つのキーキャラクターとなるのがケロロ小隊の火力担当であるギロロ伍長だ。物語中盤でギロロはアクアクに取り込まれ体を奪われるが、そのアクアクの中で彼は少年時代の記憶、かつて「のけもの」にされていた頃の記憶を呼び起こす。

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(29巻より)

 

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(29巻より)


そんな「のけもの」だったギロロに近づいたのが少年時代のケロロだった。

 

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(29巻より)


マケマケを宿したケロロと、アクアクに乗っ取られたギロロ。2人は当初あくまで善神マケマケと邪神アクアクとして振舞っていたが、言い争いを続けるうち、2人の会話からはいつかしか「善神と邪神」と「ケロロギロロ」との境目がボヤけてゆく。

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(29巻より)


ケロロギロロは気がつけば、初めて出会った時のケンカを2人で再現し始める。それはすなわち、「のけもの」だったギロロが友達と出会った記憶である。その記憶にある出来事をトレースすることで、「のけもの」の王の邪悪な心から生まれたアクアクもまた祓われる。

 

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(29巻より)

 

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(29巻より)


善神と邪神の争いを、その依代となったシャーマン同士が代理することで邪神の怨念を祓う、という筋書き自体が、ある種の宗教的儀式めいた構図のようにも思われる。ともかくこうしてアクアクを打ちはらうことで、ケロロ達は2つめのケロロンボールを手に入れる。


マケマケとアクアクに関しては最後にもう1つ漫画として仕掛けがあるのだが、そこに関しては個人的にちょっと釈然としなさもあるのでここではあまり触れずにいようと思う(ここまで全面的にネタバレしておいて今更ではあるが)。

 

 

以上のように、第1部「ナスカの地上絵」編では、荒野に忘れ去られた精霊達の荒ぶりが冬樹の純粋な想いによって鎮められ、第2部「イースター島」編では、「のけもの」の王の怨念から生まれた邪神が、ケロロギロロの過去と現在の友情を介して祓われる。

七不思議編はここで何度も書いたように、「荒魂と化した土着神の御霊を鎮める、祓う物語」である。その縦糸に対し、冬樹とケロロらの「地球人」と「宇宙人」の対比が横糸として絡む。その対比が「古代文明の遺産=地球人の歴史と文化の継承物」と対峙することにより鮮明化される。

28巻から突如ストーリー漫画化した『ケロロ軍曹』だが、七不思議編はこれまでの『ケロロ軍曹』が積み重ねてきたキャラクター魅力やSF設定をフルに活用し、非常に高い完成度の作品に仕上がっている(本記事でその魅力がどこまで伝わっているかは甚だ不安ではあるが)。

紛れもなく『ケロロ軍曹』の全盛期は「今」であるのだ。 

 

 

終わりへ向かう物語としての『ケロロ軍曹』 

以上のような筋書きで現在2部まで話を終えた七不思議編だが、現在私は1つの仮説を立てている。それは「七不思議編は『ケロロ軍曹』完結編なのではないか?」というものだ。実際にそれで『ケロロ軍曹』の連載が終わらなかったとしても、テーマ的にはある種の区切りとして「最終回」に相当する物語を迎える事になるのではないかと予想している。
何故そう思うのか。それを説明するためには七不思議編だけでなく、まず『ケロロ軍曹』という漫画そのものの特徴についていくつか述べる必要がある。

 

冒頭で述べた通り、『ケロロ軍曹』はいわゆる「サザエさん時空」の漫画だ。漫画の中では実世界と同じように季節が巡り時間が経過しているように描かれるが、キャラクター達は歳をとらずに延々と同じ時間の中を過ごす。語源の『サザエさん』をはじめ、『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』、『こち亀』や『うる星やつら』など、多くの長期連載漫画で同様のシステムが使用されている。
サザエさん時空」はそのままイコールで「終わらない物語」であることを意味する。作中エピソードでキャラクター達はどんな出来事を経験しても、回を跨げばその経験による「成長」はリセットされる。カツオはいつまでも波平に叱られる悪ガキでなくてはならないし、のび太はいつまでもドラえもんに泣きつくいじめられっ子でなくてはならないのだ。
ケロロ軍曹』も基本的には同様に「終わらない物語」ではあるのだが、『ケロロ軍曹』の場合、基本的には一話完結型のギャグ漫画ではありながら要所要所でシリアスなストーリーや設定を挿入し、どこか全体を通して常に「終わるための準備」を積み重ねていっている印象がある。
(類型としては、Gu-Guガンモが比較的近いように思うのだがどうだろうか?)

 

上記で「『ケロロ軍曹』はいわゆる「サザエさん時空」の漫画だ」と述べたが、実は『ケロロ軍曹』の場合、一般的な「サザエさん時空」システムを採用した漫画とは、時間軸の取り扱いが微妙に異なる。
元々『ケロロ軍曹』は連載開始時点では「サザエさん時空」では無かった。劇中で小学校6年生だった冬樹少年は次の年にちゃんと中学1年生に進級している。ただ、その程度(最初の1年間だけ時間が経過している)ならさして珍しいものではない。『ケロロ軍曹』の特異性はそこから先にある。
端的に言えば2年目以降の『ケロロ軍曹』は、現実世界の時間経過に合わせて年ごとに季節を巡らせながらも、あくまで「一年間の間の出来事」として作中の出来事を描き続けているのである。
いくつか例示する。

 

13巻103話。ケロロらが雪山に旅行するエピソードだが、ここで冬樹の姉の夏美が3巻24話の夏休みのエピソードを回想し「この前」と表現している。

 

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(13巻より)

 

この間に現実世界では5年の歳月が過ぎており、漫画内でも季節は確かに5度巡っている。しかしながら『ケロロ軍曹』はその時間経過を「この前」と表現する。
同様の事例として、14巻112話では、6巻49話のエピソードが「先日」「3日前」とされている。ここでも現実世界では4年の時間差がある。

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(14巻より)


これらの他にも『ケロロ軍曹』では要所要所で、現実世界では数年前に掲載されたエピソードが作中時間ではつい最近の話として回想されるシーンが何度か描かれる。
現実世界では20年の時間が経っているが、冬樹にとってはあくまで全て中学1年生の時の出来事なのである。

 

無論、劇中の全エピソードを「1年間の出来事」と設定することに矛盾が無い訳ではない。というよりもむしろ、キャラクターの登場順や行事の回数、時代設定などを厳密に考えれば矛盾だらけである。連載初期には夏美の部屋にMDコンポが置かれ、冬樹はガラケーで電話していたが、今では二人ともスマホを使いLINEで連絡しあっている。年越しが明確に描写された大晦日元旦のエピソードは3度以上あるのだ。
しかしそれは逆に言えば、多少の矛盾を押し通してでも、敢えて「1年間の出来事」という設定を明示するという、強い意志がそこにはあるのだと言える。そこに何がしかの拘りが無いのであれば、(多くの漫画がそうしているのと同じように)単に時間軸に関してはあまり深く触れずに誤魔化しておけば良いだけなのだ。

 

ケロロ軍曹』は何故大量の設定矛盾を抱えながらも、単純な「サザエさん時空」の定番テクニックを敢えて拒否するのか?
私はそこに「いつか物語を終えるための準備」を見ている。漫画『ケロロ軍曹』は、ケロロと冬樹の2人の物語を「少年時代の短い時間の中の思い出」として描こうとしているように私は思う。そしてそれはとりもなおさず、ケロロと冬樹の避けられぬ別れを暗示している。

 

以上の私の「予想」に関しては次節以降で詳しく後述するとして、ここで再度七不思議編の話に立ち返る。
本ブログ記事の冒頭で抜粋した七不思議編のワンシーンを再び引用する。

 

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(28巻より)


ここで、冬樹のレポートの氏名欄に注目してほしい。そこにはこう書かれている。「2年3組 日向冬樹」と。そう。七不思議編において漫画『ケロロ軍曹』は、延々と巡り続ける「一年間」から遂に抜け出しているのだ。

さらに付け加えれば、七不思議編ではケロロンボールを手に入れるごとに、未来の冬樹の功績についてナレーションで語られる。

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(28巻より)

 

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(29巻より)


上記文章からは冬樹が将来考古学者か冒険家か、それらに類する立場になることが暗示されているが、とにもかくにも、ここまで明示的な「将来への言及」がこれまでの『ケロロ軍曹』で書かれたことは無い。

 

止められた時間の再動と、将来の提示。どんな形になるかは分からないが、間違いなく七不思議編は「終わりへ向かう物語」なのである。

 

「侵略者」と「被侵略者」の友情

ケロロ軍曹』が七不思議編で実際に完結するとして、ではその「終わり」はどのようなものになるだろうか?
いくつか考えるべき視点があるが、まず1つ目のキーワードは「侵略者」である。

 

そもそもケロロ軍曹は「ドジでマヌケで怠け者でお調子者の愛すべき侵略者」というキャラクターである。そんなケロロ軍曹が「地球侵略」という名の悪巧みやイタズラに精を出しては周囲にトラブルを起こす、というのが漫画『ケロロ軍曹』の基本骨子だ。
ここで言う「地球侵略」は言うなれば、ギャグ漫画のフォーマトに守られた上での安全圏の「ごっこ遊び」に過ぎない。「侵略者」「地球侵略」という物騒な文言と、実際の行動との下らなさのギャップが『ケロロ軍曹』の魅力の大きな1つである。「侵略者」の部分を「ヤンキー」や「極道」、「悪の組織」などに置き換えれば似たような作りの漫画がいくつも思い浮かぶ。

 

しかし『ケロロ軍曹』の場合、そのいつもの「安全圏の侵略ごっこ」が、突如全く安全なものでなくなるエピソードがところどころに存在する。その代表例が10巻から11巻にかけて全4話で展開された中編「ケロロ小隊24時」だ。
いつまで経っても進まないケロロ小隊の地球侵略に業を煮やしたケロン軍本部が、ケロロらとは別の部隊を地球に派遣されるというこのエピソードで、派遣されたガルル小隊は圧倒的な科学力でもって速やかに地球侵略を進める。

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(10巻より)

 

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(10巻より)


この「ケロロ小隊24時」編に代表されるように、「ケロロ小隊も本気になればいつでも地球侵略を成功させられる」と思わせられるようなエピソードが『ケロロ軍曹』作中にはいくつか存在する。

 

さらに加える。ケロロ達の侵略活動が実質的に「下らない悪巧み」レベルのお遊びに止まっているのはメタ的に言えばあくまで「ギャグ漫画のお約束」に過ぎない。が、『ケロロ軍曹』では実はそこにSF設定によるエクスキューズが与えられている。それが「宇宙戦闘紳士条約」である。
この「宇宙戦闘紳士条約」については条文の中身が明示的に説明されたことは無いが、セリフの端々からそれが「戦死者が発生しうる戦闘」を禁じたものであることが読者には分かるようになっている。

 

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(23巻より)

 

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(24巻より)

 

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(29巻より)


ケロロ小隊が軍隊の一部であり地球侵略を目的としながら、大規模な破壊や殺戮がなされないのは、彼らがあくまでこの「条約」に準拠しているからなのだ。
「宇宙戦闘紳士条約」が初めて提示されたのは23巻で、率直に言ってしまえばあくまで「後付け設定」に過ぎない。が、それ以前から「条約」の設定抜きでも、「現代では破壊や殺戮を伴う侵略はタブー」という宇宙の常識が伺えるシーンがいくつか存在する。

 

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(17巻より)

 

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(13巻より)

 

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(29巻より)

 

厳密な事を言い出せばいくらでも矛盾は見つかるものの(『ケロロ軍曹』は本質的にはあくまで「何でもアリ」の一話完結ギャグ漫画なのだ)、逆に言えば矛盾を承知でそうした設定を提示した理由が何なのか、という話なのである。
端的に言えば、ケロロと冬樹達が毎度ドタバタと侵略ごっこ遊びに興じていられるのには、ある種の「理由」が確かに存在するからなのである。では、その「理由」が無くなれば…?
「ナスカの地上絵」編のラストシーン、「冬樹に侵略の手伝いをさせて良いのか?」と尋ねるギロロケロロは答える。

 

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(28巻より)


ケロロと冬樹の間にある友情は、「侵略者」と「被侵略者」という危うい関係の上に成り立ったものなのである。だからこそ2人の間の友情はどこか儚さが薄っすらと漂い、それ故にまた美しさがある。

 

ここで突然だが、劇場版ケロロ軍曹第5作のEDテーマ「ケロパック」から歌詞を一部抜粋する。(歌手の平原綾香自身の作詞だが、個人的に『ケロロ軍曹』のテーマソングとして完璧に近い歌詞だと思う。ちなみに、この「ケロパック」の歌詞は、漫画内でも「イースター島」編で引用されている)

  

 あたりまえにそばにいて 突然いなくなっちゃいやだよ
 君と一緒にいたいから いつまでも きっと ずっと

  

この歌詞が素晴らしいのは、ケロロが日向家で冬樹のそばにいるのがちっとも「あたりまえ」な事でなく、いつ「突然いなくなっ」てしまってもおかしくない存在だからだ。漫画『ケロロ軍曹』は常に薄っすらそのような雰囲気が流れているのである。


さて、以上のこれまで『ケロロ軍曹』で描かれてきた「侵略者と被侵略者という関係の危うさとその上に成り立つケロロと冬樹の友情」と、七不思議編の開始によって描かれる「閉じた時間軸からの脱却」とを合わせて考えると、自然と『ケロロ軍曹』の「終わり方」が見えてくるのではないだろうか。

 

おそらくだが、漫画『ケロロ軍曹』は、ケロロと冬樹が「侵略者と被侵略者」としての避けられない別れを迎えることで終了する。もちろん『ドラえもん』よろしく、こうした「不思議な友達」をテーマにした漫画が「別れ」で終わるというのは、わざわざ論じるまでもなく定番の話である。
ただ、『ケロロ軍曹』の場合はここまでで述べたように、その「別れ」の準備がかなり入念になされているのだ。あくまで予想に過ぎないが、『ケロロ軍曹』では(他のいくつかの漫画で見られるような)「やっぱりこれからも一緒にいられる」という展開にはならないのではないだろうか。そう思わせるだけの「積み重ね」が、『ケロロ軍曹』には存在している。

 

(というか、実は既に『ケロロ軍曹』は作中の番外編で「ケロロと別れた後の冬樹」らしき存在が描かれていたりする。3巻の巻末読み切り番外編『すもも上等!…の巻』である)

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(3巻より。高校生の冬樹?)

 


世代交代 

ケロロ軍曹』の終わりを考える上で、もう1つ重要なキーワードとなるのが「世代交代」である。
が、この「世代交代」という言葉は、往年の『ケロロ軍曹』ファンの多くにとってはネガティブな印象を受けるものである場合が多い。「新ケロロ」の存在である。

 

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(22巻より)


「新ケロロ」はケロロ軍曹と同じ「ケロロ」という名のケロン人で、ケロン軍本部から送られてきた新たな侵略要員である。22巻の終わりから登場するこのキャラクターだが、多くの読者からすこぶる評判が悪い。
実際、新ケロロはデザイン、性格ともにケロロと比べるとスマートに可愛く仕上げられているが、裏を返せば毒が抜かれてアクが弱い。この新ケロロ以外にも周辺人物としていくつかのキャラクターが新登場しているが、全体的に従来のケロロら面々と比べてもキャラクター魅力的にはパンチ不足が否めない。

 

名前からも分かる通り、新ケロロは「2代目ケロロ」とでも言えるポジションのキャラクターで、登場後しばらくは新たな主人公として扱われていた。そのため、新ケロロ登場後しばらくは元のケロロ小隊メンバーおよび日向家の面々が半ば脇役として追いやられた回が多く、これが新ケロロの不人気さに拍車をかけた節がある。
実際問題として、新ケロロが主役扱いだった23巻から24巻にかけて辺りは、漫画としてはパワーダウンしていると言わざるを得ない部分がある。「例」の騒動時に「吉崎観音ストーリーテラーとしての才能が枯渇したのはケロロ軍曹の劣化からも明らかで〜」といった論調を振り回していた人々が散見されたが、ちょうどこの頃の『ケロロ軍曹』を指しているものと思われる。
ただし、新ケロロ含め新キャラクター達のキャラ立てが一通り済んで以降は新ケロロらは概ね「準レギュラー」程度の扱いに収まっている。これが読者の不評を受けての判断か、元々の予定通りの展開なのかは定かではないが、とにもかくにも今だに新ケロロの存在を根拠にして『ケロロ軍曹』をネガティブに語る人はかなり情報の古い話をしている点だけはここで指摘しておく。無論、作風そのものも時代とともに大なり小なり変化はしているので、新ケロロの出番云々を差っ引いても現状の『ケロロ軍曹』にネガティブな感想を持っている人もいるだろうが、少なくとも新ケロロの存在を最大理由に現状の『ケロロ軍曹』を批判するのは漫画批評としてかなり的外れな場合が多い。

 

さて、新たな主役級キャラクターとしては「失敗」と言わざるを得ない新ケロロらだが、実は準レギュラー格のキャラクターとしては現在かなり重要な役割を果たしている。
現在の『ケロロ軍曹』における新ケロロの重要性について述べる上で、まずケロロケロン人達のキャラクター魅力の一端について論じる。

 

ケロロのキャラクターの特殊性に「大人」と「子供」の立場をかなり自由自在に行き来しているという点がある。より正確に言うと、冬樹と夏美の日向姉弟に対して、状況によって非常にフレキシブルに「年上」としても「年下」としても振る舞うのだ。
ケロロらは「地球外星系から地球侵略のためにやってきた軍人」であり、設定としての立場上は成人男性な訳だ(実際ケロロは特定のキャラクターらから「おじさま」「おじさん」と呼ばれたりする)。だからケロロ達は冬樹らに対し宇宙文化や技術を紹介する時は先導役、兄貴分役を担うし、事件が起きて戦う時は冬樹達を守る側の立場になる。

 

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(16巻より)

 

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(29巻より)

一方で、ケロロは冬樹と夏美から面倒を見られたり、お仕置きされたりする「年下」的存在でもある。宇宙人のケロロは1人で買い物ができないため大好きなガンプラを買う時には冬樹に連れて行ってもらうし、家の手伝いをさぼり侵略という名のイタズラをしては夏美に叱られる。そんな時ケロロは、彼らの擬似的な「弟」となる。

 

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(4巻より)

 

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(7巻より)

余談ではあるが、この「大人」と「子供」の自在な行き来には、ケロロらのビジュアルが演出面でかなり大きく寄与している。単純な話として、ケロン人の体格は地球人にとっては小動物か幼児のようなものなので、冬樹らとケロロらを同じ絵の中に普通に収めると、自動的に絵面としてケロロらの方が庇護対象のように映るのだ。
直前まで兵器を手にした「少女を守らんとする力ある者」という存在だったギロロが、次の瞬間には「少女に守られる力無き存在」にスムーズに転身する。こういった点にケロロ達のキャラクター魅力の正体の一端がある。

 

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(10巻より)

このように「大人」と「子供」、あるいは「年長者」と「年少者」の両面を併せ持つのがケロロらのキャラクター特性だが、新ケロロの存在は特にケロロ達の「大人」的側面を強くあぶり出す。ケロン軍の後輩である新ケロロと相対する時、彼らは新ケロロに対して「教えを授ける」立場となる。

 

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(23巻より。実はこのシーン、『ケロロ軍曹』の今後を考える上でかなり重要だったりする)

 

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(26巻より。時には口うるさいオッサンとして若者にウザがられたりもする)

 

このようなキャラクター側面は、あくまで「地球人の子供」である冬樹や夏美らが相手ではあまり発揮されなかった特性である。
こうした新ケロロの役割は、新ケロロの地球人パートナーとして新ケロロと同時に登場した火ノ原灯(ともす)にも同じ事が言える。この場合、灯の「先輩」に当たるのは、『ケロロ軍曹』におけるもう1人の主人公である日向冬樹に他ならない。
ケロロ軍曹』のレギュラーキャラの中では基本的に最年少だった冬樹は、灯の登場により「宇宙人と友達になった少年」の先輩として、急速に年長者的な振る舞いを示すようになる。

 

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(22巻より)

 

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(28巻より)

 

特に冬樹の場合、ケロロらが元来持っていた成人男性軍人としての側面を単に出し入れしているのと異なり、新ケロロと灯という新世代の登場によって「成長」を促されている節がある。
単独のキャラクターとしては失敗気味だった新ケロロと灯のコンビだが、ケロロ小隊の面々および冬樹の新たなキャラクター魅力引き出し、そして漫画としての新たな進展を促すバイプレイヤーとして、極めて重要な役割を果たしているのだ。
(ただ、実はそのせいでケロロ小隊の中で元々最年少だったクルルタママが地味に出番減少の割りを食っている節はあったりするのだが)

 

出会いと別れの普遍性 

さて、前述した「ケロロと冬樹の避けられぬ別れ」が描かれるとして、上記の「新世代の登場による冬樹の成長」をさらに踏まえよう。当然見えてくるのは「新たな世代へのバトンタッチ」である。
おそらく、『ケロロ軍曹』は、ケロロと冬樹の別れと、その別れの経験による冬樹の成長を描き、新ケロロと灯ら次世代に新たな物語を託すことで終了する。と、私は予想している。

 

こうした予想を立てる上で、非常に重要なエピソードがある。14巻112話「暑中物語混戦模様...の巻」だ。

 

元来、『ケロロ軍曹』の世界では地球のいたる所に潜伏宇宙人が存在し、いろんな町にウッカリ地球人に正体がバレた宇宙人がいて、その宇宙人達と友達になった地球人達がいる、というものだ。端的に言えば、野比家の隣町には正ちゃんとQちゃんが暮らしている、というのが『ケロロ軍曹』の世界観なのである。
ケロロと初めて出会った際、冬樹は「僕らたぶん、地球で初めて宇宙人と友達になったんだよ!!」と興奮していたが、『ケロロ軍曹』の世界では、ケロロと冬樹のいる日向家が、実はどこにでもあるお家の1つとして描かれているのだ。

 

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(3巻より)

 

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(26巻より)

上で挙げた「暑中物語混戦模様…の巻」では、冬樹とケロロ達に先行して「不思議な友達」との出会いと別れを経験した少年達が登場する。

 

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(14巻より)

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(14巻より)


彼らには「カプ〜」と言う名のケロロそっくりの「不思議な友達」がいたらしい。カプ〜と一緒に誰も信じてくれないような冒険をした思い出があり、そして突然の別れが訪れたことが、彼らの口から語られる。
このエピソードではカプ〜との別れを受け入れられずにいる少年ヤマトが、ケロロと冬樹との交流を通じて、その痛みと悲しみを受容する姿が描かれる。

 

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(14巻より)


このエピソードは既にカプ〜との別れを経験したヤマトを通じ、「冬樹とケロロにも避けられえぬ別れがいつか来るんだ」という事を暗示するが、それと同時に「でもそんな出会いと別れを、誰しもが経験して乗り越えていくことなんだよ」というメッセージもまた含まれている。
別れはとても悲しいことだが、決して不幸なことではない。別れがどれだけ辛くても、出会いの価値が色褪せることはない。
漫画『ケロロ軍曹』には、そうした切なさと優しさが通底している。

 

ヤマトにとっての冬樹とケロロが、冬樹にとっては灯と新ケロロに当たるのは言うまでも無い。おそらく、冬樹とケロロに別れが訪れる時(すなわち、『ケロロ軍曹』が完結する時)、新ケロロというキャラクターがこの漫画に登場した本当の意義が、そこで描かれるのではないだろうか。私はそう考えているのである。

 

(実は新ケロロの登場回である22巻のラスト3ページが、これが最終回だったとしてもオッケーなんじゃないかってくらい素晴らしかったりする。ここでは引用を避けるので気になる人は買って読むべし)


最後に

以上で、本記事で私が言いたかったことはあらかた語り終えたように思う。
冒頭に書いたように、本来は2週間ほど前には書き上げている予定だったので、最新刊が30巻にズレ込んでしまったのは不覚の極みではあるが、これもまた一興という事でご容赦願いたい。

 

本記事で強く絶賛した七不思議編だが、「イースター島」編以降、連載では通常の1話完結型に一旦回帰し、七不思議編は現在休止中となっている。最新刊の30巻では各レギュラーキャラのおさらい的な紹介エピソードに終始しており、最新号の少年エースでは「特別編・ケロロ軍曹誕生秘話」として、連載開始時の吉崎氏の回想が漫画化されている。おそらくこの特別編終了後に、七不思議編第3部がスタートするものと思われる。

 

休止期間が約1年間に及んでおり、残り5部分あることを考えると、このペースでは七不思議編完結までに残り7、8年はかかる計算となるが、私はそれでも構わないと思う。七不思議編にはそれだけ準備した上で描くだけの価値がある。それがもし私の予想通り『ケロロ軍曹』そのものの完結編であるのなら、なおさらだ。

 

もう一度最後に言う。
アニメの途絶も世間人気も一切関係無い。
ケロロ軍曹』の漫画としての全盛期は、紛れもなく「今」である。
今の『ケロロ軍曹』が過去最高に面白い。
俺が断言するのだ。 嘘だと思うなら今すぐ28巻と29巻を買って読んでみろい。
俺から言えるのはそんだけだ。以上。

 

読んでくれたあなたに感謝を。