シン・ゴジラ感想(ネタバレ極力無し) 昭和29年と2016年の「今この瞬間」

シン・ゴジラ見ましたよ。見てきましたよ。端的に言って最高でしたね。「これを見ないまま死なずにすんで良かった」と言える映画がこれまでの人生で何本あったことか。この映画を見ないまま死なずにすんで良かったです。
という訳で以下感想です。ネタバレらしいネタバレはほとんど無いんじゃないかと思います。(ゴジラが東京を火の海にします、なんて情報までネタバレでは流石になかろ



 そもそも、だ。フィクションの魅力の大部分というのは「文脈」に依存する。作られた時の時代背景、既存のフィクションの文法、先行作品の量と質、視聴する観客の言語圏に文化圏、そして歩んできた人生。
 純粋に「予備知識無しで楽しめる作品」なんてのはこの世に存在しない。どんな作品でも必ず楽しむための前提知識が何らか存在している。「予備知識無しで楽しめる作品」と一般に言われる作品はあくまで「必要な予備知識を大多数の人間が知っている作品」でしかない。私は一時期「赤毛のアン」シリーズを好んで読んでいて、当時多いに笑わせてもらったが、あの小説も19世紀末にカナダで暮らしたことがあるか否かで笑い所が大きく半減すると聞く。

 で、何が言いたいかと言うと、だ。私たち現代人が如何に良い視聴環境で初代「ゴジラ」を観たとしても、私たちは決して昭和29年に映画館に現れた「ゴジラ」を楽しむことはできない、ということだ。
 無論「ゴジラ」は今観たとしても紛れも無く面白い。傑作である。観てない人は是非観よう。だが、「ゴジラ」公開当時、日本中を包んだそ衝撃や感動をそのまま味わうことは、決して私たちにはできない。

 私たちは既に高画質のカラー映像を知っている。高度に発達した特撮CGがふんだんに使用されたハリウッドの大作映画を知っている。ゴジラシリーズの恒例や怪獣映画のお約束を知っている。
 私たちは空襲で街を焼かれる恐怖を知らない。一夜で都が焼け野原となった絶望を知らない。廃墟となった東京を復興させた誇りを知らない。

 当時「ゴジラ」を映画館で観た人々に比して、私たちは圧倒的に多くのことを知り過ぎているし、圧倒的に多くのことを知らな過ぎている。仮にもし「ゴジラ」を同じストーリー、同じ脚本のまま、現代映画で可能な限りの完璧なセット、完璧な特撮、完璧な役者の演技で再現したとしても、私たちは決して当時の人々が「ゴジラ」から受けた衝撃と感動を手に入れることはできないだろう。私たちは「ゴジラ」の前提としている「文脈」の多くを60余年の間に喪失しているのだ。(勿論、時代を経ることで獲得した新しい「文脈」が映画に別の魅力を与えることも往々にしてあるのだけど)

 それを前提として、だ。私は「シン・ゴジラ」のエンドロールが流れるスクリーンを観ながら、思った。

 ああ、これが『ゴジラ』だったんだ。60年以上前、みんな映画館でこれを観たんだ。

 勿論「シン・ゴジラ」は「ゴジラ」とは設定もストーリー運びもカメラワークも演出も全く違う。しかしそこには紛れも無く「ゴジラ」の全てが詰まっている。

 巨大な怪獣に住み慣れた街が蹂躙される恐怖。
 人間の叡智の結集たる武器や兵器が何の役にも立たない絶望。
 そして、その恐怖と絶望のドン詰まりの中でギリギリ存在する一縷の希望。

 「ゴジラ」の中で、とても好きなシーンがある。街を廃墟にして悠々と去って行くゴジラに向かって、名も無きキャラクターが「チクショウ、チクショウ…」と声を震わせながら嘆くシーンだ。とても好きなシーンなのだが、私はこのシーンの本当の意味を今まで全く分かっていなかった。分かっていなかったことに、初めて気付いた。
 これまで怪獣映画をいくら観たって、破壊される街を観ても何とも思わなかった。むしろ「もっと派手に壊せ」くらいに思っていた。けれど、「シン・ゴジラ」の中盤の山場、ゴジラが東京を火の海にするシーンで、私は初めての思いにかられた。「やめろ。もうやめてくれ。これ以上街を焼かないでくれ」と。それはきっと、「ゴジラ」で聞いた「ちくしょう」の声と、同じものだったのだと思う。


 きっと、60数年前、昭和29年の映画館で、日本人はこの映画を観たんだ。それと同じ映画を、俺はたった今観たんだ。
 映画館からの帰りのバス停でベンチに座りながら、そのことに思い至った私は涙が止まらなくなった。ボロボロに泣いた。幸い、周りに人はいなかった。

 「ゴジラ」公開当時、昭和29年の日本にしかない「文脈」があったのと同じように、2016年の日本を生きる私たちには、私たちの「文脈」がある。戦後70年という時間。東日本大震災福島原発事故。(そこに「ハリウッドにお株の『ゴジラ』まで奪われた映画界」を付け足しても良いかもしれない)
 「シン・ゴジラ」はそんな2016年の今この瞬間に生きる私たちに向けて作られた、私たちの「ゴジラ」なのだ。
 今までのどんな「ゴジラ」にも似ていない、誰も見たことがない、全ての人々が初めて見る、62年前そっくりそのままの「ゴジラ」。それが「シン・ゴジラ」だ。


 っつー訳でな、みんな「シン・ゴジラ」を見ろ。見て驚け。ゴジラの姿に恐怖しろ。絶望しろ。希望に勇気づけられろ。そして泣け。俺から言えるのはそんだけだ。以上。

(っていうか感想じゃなくポエムだよこれ。)